赤から見える白と葉と

文字数 1,646文字

「やっぱり東京って、人が多いですね!」
 件のレストランへ向かう道中、高木は目を輝かせながら言った。
「そうですね……ところで、高木さんは何処から異動に?」
「あ、私、直接本庁に採用されたんです」
「へぇ……じゃあ、それまでは……」
「ある格闘技の道場に居たんです……ふふ、意外でしょ?」
 高木はいたずらそうに笑って天野を見た。
「確かに、そんな風には見えませんけど……どこの道場です?」
「北海道です。札幌に近い所で、時々町にも遊びに行っていましたけど……やっぱり東京は空気が違いますね、本当に人が多い!」
 県警に勤務していた当時でさえ、県庁所在地周辺の雑踏に疲れ果てていた天野にとって東京の雑踏は想像を絶する物であり、彼は生活臭と人間の密集に淀んだ空気に辟易していた。だが、高木はまるで人が多い事を喜ぶ様に、目を輝かせてはしゃいでいる。
 少し下の方から、つまらない目で見つめられている事にも気付かずに。

 正午を少し過ぎた頃、一行がつくテーブルには前菜が用意された。カプレーゼである。
 しかし、用意された物には、ミニトマトにチーズを挟み込んだ物と、スライスしたトマトとチーズが交互に並ぶものが混在していた。
「スライスの方は豆腐のカプレーゼです」
 黒い猫耳を持ったウェイトレスはそう言って、その皿を武寿賀と白銀の前に用意する。
「とってもかわいいですね」
 見た目の可愛らしい前菜に醍醐は声を弾ませ、天野も、お洒落ですねと同調する。
「此処の店はみな獣人(サテュロス)蝙蝠人(ニフテリザ)?」
 ニフテリザの店とは聞いていたが、猫耳のウェイトレスが居るとは聞いていなかった白銀は武寿賀に問い掛ける。
「えぇ」
「元締めは居るんですか」
「さぁ。おそらく居ないでしょう。此処の蝙蝠人(ニフテリザ)達は吸血鬼(ヴァリコラカス)に使役される事を拒んだ一団ですから」
「なるほど……大英帝国の王政と荘園の身分制度を拒んでアメリカ合衆国を建国したのに近しいですね……尤も、渡ったのは大陸どころか惑星ですが」
「確かにそうですね……しかし、亜人の営む店なら、そちらにも有ったのではありませんか?」
「ごあいにく様。私は山陽の山間で道場の管理人という名の自給自足生活でしたので……おかげで、売り物のハーブがほぼ半分の確率で酷い味だという事がよく分かりましたけど」
 言って、白銀は豆腐とバジルを口にする。
「ハーブの味は悪くないけど、オリーブオイルの味はやっぱり違うわね……中つ国(アステクシア)で食べた物に近いのは、小豆島の物だったわ」
「おそらく気候が似ているのでしょうね」
 白銀は思った。別荘のオリーブは今頃どうなっているだろうか、と。
「今年は油を搾りに戻れそうにないのが残念だわ」
「まだ別荘のオリーブが実っていましたか」
「えぇ、ずっとね。母上がオリーブとシナモンだけは必ず収穫しているわ……後添えだからって見下したら駄目よ」
 白銀と武寿賀が小さな声であれこれと喋っている斜向かいでは、カプレーゼ相手に苦戦する白石を黒井が横目に見ていた。
「お前、そんなにトマトもチーズも嫌いだったか?」
「生は別物。それに、なんかこれ、妙な臭いしない?」
「おそらくバジルとオリーブオイルだろう……食べた事が無かったのか」
「こんなお洒落なお店、来た事有ると思う?」
 肩を竦める白石に、黒井は溜息交じりに呟いた。
「今日は何とか耐えろ」
 白石が苦い表情を浮かべていると、斜向かいで首を傾げた瀬戸から助け舟が寄越される。
「手伝おうか?」
 白石は黙って瀬戸に皿を差し出した。
 そして、戻された皿を受け取ったのは黒井だった。
「後は何とかしろ」
 カプレーゼが何とか飲み込めるだけの量になった事に安堵した白石は、ふと向かいを見た。
 高木はミニトマトに挟まれたバジルを慎重に除けながらそれを口にしていたのだ。そしてそれは、バジルが嫌いというよりは、それを恐れている様ですらあった。
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