嵐の前の静けさ
文字数 1,708文字
午前八時過ぎ、空き店舗のオークを駆逐すべく、先遣隊の調査係一行はライトバンで現場へと向かった。
まだ営業している店舗には、シャッターと雨戸を締め切って、無人の状態にするようにと通達を出しているが、徒歩数分の距離には民家も有り、踏み込む瞬間は蜂の巣を突く瞬間と同じである。
「避難指示は出さなかったんですか?」
周辺の様子を見た天野は訝しげに問うた。
「宇宙人の所為で生活がどうこうと文句を言われた場合、今日手出しする事が出来なくなります。もし、今を逃せば、被害地域が移動し、人的被害が取り返しのつかない規模になる可能性も有ります。ただでさえ奥多摩の山中に移動通路 が出現しているのですから、八王子 まで我々が並行して対処出来るわけが有りません」
「でも、此処で取り逃がしたら、小さな子供がいる家にオークが行くかもしれないんですよ?」
「取り逃がさなければよいだけの事です。その為に、吉備津殿はわざわざ特別機動捜査隊を各地から招集して、消防にも協力を依頼したんです」
武寿賀のあっけらかんとした態度に天野が眉を寄せていると、店舗周辺を観察していた瀬戸と醍醐が駐車場所に戻ってきた。
「いかがでしたか」
「多分居ます。理容店の有った場所に」
武寿賀は瀬戸を見た。
「おそらく、手先の器用なイティメノスが同行してますね。特にガラス片が散らばった形跡も有りませんし、鍵を無理に開けた様子はうかがえましたけど、壊した様では無かったです」
商店街全体の偵察をしていた風見も戻り、人員の配置出来そうな個所や、逃走経路になりそうな部分について報告する。
そして武寿賀は本部に向け、踏み込むのはエルダールやその血統に無い本庁特別機動捜査隊とし、周辺の警備は特別機動捜査隊の別動隊と亜人の使う刀剣に対処出来る警察官とする事、オークが忌み嫌い、凶暴化の原因になる可能性が高い純血のエルダールとフォスコイノスは周辺警備に同行し、飛び出した個体の駆逐に当たる事を提案した。
「今度こそ大丈夫だよね、係長」
武寿賀の報告内容をどこまで理解しているのか分からない無邪気な調子で草薙は首を傾げた
「頭数だけは揃えますから、取り逃がす事は無いと思いますよ」
「あたし、一度でいいからオークに勝ってみたいの!」
「今度こそ、勝てるはずですよ。相手がただのオークなら」
諫める様な言葉尻も、草薙にはあまり理解されていない様子だった。
一行は人員が全て揃うまでの間、車内で待機する事になった。
「そうだ、これ、昨日相談に来た方がくれたんです、食べて下さい」
天野は昨日二人のフォスコイノスが持ってきたパンの入った袋を武寿賀に渡した。
「何だこりゃ……」
ピンク色のクッキーが乗せられた緑色のパンを前に風見は表情を歪ませる。
「うえ、なんか草みたいな臭いがするー」
草薙はパンを取らず、そのまま瀬戸に押し付けた。
「草?」
訝しげに瀬戸は中身を取り出した。
「何だろう……この色、あの甘いだけのお菓子ならわかるんだけど」
「ねりきりですか?」
鮮やかな色を見て、醍醐は目を輝かせる。
「そうそう。お客さんのお茶菓子っていうと、大体あれ買ってくるけど、あれ美味しい?」
「んー、甘いですよね」
醍醐は笑ってパンを取り出し、袋を天野に返した。
「いただきまーす」
醍醐はかわいいピンク色のクッキーに目を輝かせながら、パンを一口齧った。
「んーっ!」
悶絶する様な声に、一同の顔が歪む。
「なにこれ……」
「え……」
泣きそうな表情でパンを見つめる醍醐に、天野は袋からパンを取り出し、慌てて一口齧った。
口の中が、蓬 と抹茶と桜の香りで満たされる。そして、油脂のコクを感じる以上に口の中を覆いつくす、ざらついた苦みと甘みをクッキー生地の乾いた質感が助長する。
だが、其処に悪意は無かった。
これを作った人物は、ただ、春を詰め込みたかっただけなのだから。
「まずっ!」
天野は隠さなかった。
作り手の意図を理解しようとしても、とても食べられたものではないという事実が全てを凌駕していたのだ。
まだ営業している店舗には、シャッターと雨戸を締め切って、無人の状態にするようにと通達を出しているが、徒歩数分の距離には民家も有り、踏み込む瞬間は蜂の巣を突く瞬間と同じである。
「避難指示は出さなかったんですか?」
周辺の様子を見た天野は訝しげに問うた。
「宇宙人の所為で生活がどうこうと文句を言われた場合、今日手出しする事が出来なくなります。もし、今を逃せば、被害地域が移動し、人的被害が取り返しのつかない規模になる可能性も有ります。ただでさえ奥多摩の山中に
「でも、此処で取り逃がしたら、小さな子供がいる家にオークが行くかもしれないんですよ?」
「取り逃がさなければよいだけの事です。その為に、吉備津殿はわざわざ特別機動捜査隊を各地から招集して、消防にも協力を依頼したんです」
武寿賀のあっけらかんとした態度に天野が眉を寄せていると、店舗周辺を観察していた瀬戸と醍醐が駐車場所に戻ってきた。
「いかがでしたか」
「多分居ます。理容店の有った場所に」
武寿賀は瀬戸を見た。
「おそらく、手先の器用なイティメノスが同行してますね。特にガラス片が散らばった形跡も有りませんし、鍵を無理に開けた様子はうかがえましたけど、壊した様では無かったです」
商店街全体の偵察をしていた風見も戻り、人員の配置出来そうな個所や、逃走経路になりそうな部分について報告する。
そして武寿賀は本部に向け、踏み込むのはエルダールやその血統に無い本庁特別機動捜査隊とし、周辺の警備は特別機動捜査隊の別動隊と亜人の使う刀剣に対処出来る警察官とする事、オークが忌み嫌い、凶暴化の原因になる可能性が高い純血のエルダールとフォスコイノスは周辺警備に同行し、飛び出した個体の駆逐に当たる事を提案した。
「今度こそ大丈夫だよね、係長」
武寿賀の報告内容をどこまで理解しているのか分からない無邪気な調子で草薙は首を傾げた
「頭数だけは揃えますから、取り逃がす事は無いと思いますよ」
「あたし、一度でいいからオークに勝ってみたいの!」
「今度こそ、勝てるはずですよ。相手がただのオークなら」
諫める様な言葉尻も、草薙にはあまり理解されていない様子だった。
一行は人員が全て揃うまでの間、車内で待機する事になった。
「そうだ、これ、昨日相談に来た方がくれたんです、食べて下さい」
天野は昨日二人のフォスコイノスが持ってきたパンの入った袋を武寿賀に渡した。
「何だこりゃ……」
ピンク色のクッキーが乗せられた緑色のパンを前に風見は表情を歪ませる。
「うえ、なんか草みたいな臭いがするー」
草薙はパンを取らず、そのまま瀬戸に押し付けた。
「草?」
訝しげに瀬戸は中身を取り出した。
「何だろう……この色、あの甘いだけのお菓子ならわかるんだけど」
「ねりきりですか?」
鮮やかな色を見て、醍醐は目を輝かせる。
「そうそう。お客さんのお茶菓子っていうと、大体あれ買ってくるけど、あれ美味しい?」
「んー、甘いですよね」
醍醐は笑ってパンを取り出し、袋を天野に返した。
「いただきまーす」
醍醐はかわいいピンク色のクッキーに目を輝かせながら、パンを一口齧った。
「んーっ!」
悶絶する様な声に、一同の顔が歪む。
「なにこれ……」
「え……」
泣きそうな表情でパンを見つめる醍醐に、天野は袋からパンを取り出し、慌てて一口齧った。
口の中が、
だが、其処に悪意は無かった。
これを作った人物は、ただ、春を詰め込みたかっただけなのだから。
「まずっ!」
天野は隠さなかった。
作り手の意図を理解しようとしても、とても食べられたものではないという事実が全てを凌駕していたのだ。