星々の隠れ家

文字数 982文字

 明星が連れてこられたのは、虎ノ門にある喫茶店・桜花堂だった。
「此処は……」
「いらっしゃいませ」
 カウンターの奥で微笑む店主を見て、明星は事情を理解した。此処はエルダールの隠れ家なのだと。
 武寿賀に連れられるまま、彼はカウンターの一番奥に腰掛ける。
「此処の店主殿は西の氏族の末裔ですよ」
 ほのかにローズマリーの香りが漂う水を差し出す店主は、艶やかな黒髪に、メノウにも似た茶色の眸を持っていた。
 明星は店を見回す。
「……此処には、あの店や建物の中で感じた気配が有りませんね」
「新しく入った方を連れてきた事は有りませんからね」
「それと……地球人の気配も、有りませんね」
「来る人は少ない様です」
『それはそうと』
 明星はエルダールの言葉で切り出し、芳香を帯びた水を口にした。
『執務室に有る香草の鉢植えが、落ちてもいないのに割れていました』
 武寿賀は目を細め、明星を見る。
『特にジャコウソウの鉢は砕けていました。良からぬものが、恐れをなしているのかもしれません』
『疑っているのですね』
『そうせざるを得ません。しかし、他の者が納得する証拠をつかむ前に、災厄が広がる事を、私は恐れています』
『肉体は完全な物に見えますか』
『分かりません。しかし、見た目を保つにも力を使います。同じ事が起きる可能性は残されているでしょう……特に、美しさを保つ為には』
『……隠密が必要ですねぇ』
 武寿賀は話を切り上げる様にグラスを手に取った。明星もまた、不浄を払う様に水を飲み下す。
「ところで、此処には昼食を採るつもりで来たんですよね」
「すぐに用意されますよ」
 明星が首を傾げていると、店主は平たいパンと総菜の乗った皿を持って二人の前に現れる。
「此処の定食は日替わりで一品しかありませんからね」
 この日のメニューは平たいパンとカブのサラダに魚のスープだった。
「郷里で食べていたものに近いですね」
「西の郷と南の郷は比較的近いですし、港も有りますからね……ところで、この後外に出られますか」
「え?」
 パンを咥えたまま、明星は武寿賀に目を向ける。
「紹介したい方が居るので」
「はぁ……しかし、その前の、あの鉢植えは」
「帰りに、何か別のものを買いますから、一旦片付けておくように白銀君に伝えておきます……もう一度確かめる必要が有りますからね」
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