人間の道徳観

文字数 1,501文字

「これで……全部、だな」
 軋む頭蓋から短剣を引き抜き、アネミースはその傍らに崩れ落ちた。
 彼が握る黒く汚れたミスリルの短剣は、もう光を放っていない。
「いきなり上から来るなんて、どうなってるの?」
 首筋から輪郭にかけ、赤く擦れた跡の残る瀬戸は酷く不機嫌そうに、倒れたオークにライトを向ける。
「え……」
 その姿を見て、天野は絶句した。
 アネミースが最後に倒した個体は、かなり人間に近い形をしていたのだ。
 肌は炭化した様な灰色で、頭には産毛ほどの頭髪しかない。だが、体の形状は、明らかにウェスペルティーリオとは違い、羽も角も生えていなければ、鋭い爪を持っているとはいえ、手の形も人間のそれに近しい物だった。
 天野は恐る恐る、武寿賀や望月の持つライトの光を見遣る。
「瀬戸君の首を絞めたのはこれか……典型的なオークですね」
 武寿賀の照らす先に有ったのは、樹皮の様にごつごつとした皮膚を持った、人型の何かだった。
「これは……さらに下位のスナガかしら……肌が豚のそれみたいだわ」
「そうですね。おそらく、獣姦によって大量に産まされた奴隷でしょう……それと、向こうに果てている個体は、おそらく上位種のウルクでしょうね。私達を襲った一体です」
 武寿賀は照らす先を変え、ウルクと思しき残骸に光を当てる。その姿を見て、天野は吐き気を覚えた。目の前に転がっている最上位種よりも、さらに人間に近いのだ。
「あ……あぁ……」
 天野の胸には、彼自身も理解しえないほどの悲しみが満ちていた。そんな彼の様子を見かねて、アネミースは醍醐を見た。
「醍醐さん、其処の若造を連れて、車に戻りなさい。どうも死体の臭いに()てられている様だ」
 醍醐は眉根を寄せ、天野の手を引いた。
「戻りましょう。鑑識の方が来るまでは居なきゃいけないですけど……離れましょう」
 暗い路地を抜け、街灯の有る駐車場まで二人は戻る。
「天野さん……」
 醍醐はふと彼の顔を見上げ、小さな声を出した。
「……泣いてるの?」
「え……」
 街灯の下、天野は目を擦る。気付かない内に、涙が零れていたらしかった。
「……怖かったですか?」
「そりゃ……怖かったでし。だけど……なんだか、すごく、悲しくて」
「悲しい……」
「僕、ニンフと人間の混血で、妙な色の目をしてるから、色んな人に、色んな事を言われてきて……だから、姿形が違うだけで、なんで……こんな目に遭うのかって事、思い出してしまって……話せば、分かってくれたんじゃないのかなとか、考えてしまって」
「話せば……」
「はい。話が出来れば……もしかしたら、彼等の惑星の世界と、地球の世界は違うから、彼等は、分かってないだけなんじゃないのかな、とか」
 醍醐は黙って天野を見上げていた。
「いきなり全部殺してしまうなんて……なんだか、凄く、残酷に思えて……」
「でも……オークは悪い物じゃないんですか? 悪い事をするし、怖いし、凶暴だし」
「話もしないでそんな風に決めつけるのは……あんまり良くないと思います」
 醍醐は何も言わず、目を伏せる。醍醐自身、オークと会話をした事もなければ、姿を見たのは今日が初めてだった。
「確かに、こう、未知の生命体が、それも、形の違う生命体が現れたら、人間はすごく驚いて、殺してしまうかもしれません。だけど、もし、言葉が通じるのであれば……まずは接触するべきだと思うんです。超音波で会話をするガーゴイルとは、違うのなら……少なくとも、僕は、あれがガーゴイルと同じ悪い生物には見えません。人間と同じ様に喋れるのだとしたら……もっと、そう感じると思います」
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