見分けられないボンクラ

文字数 1,949文字

「だから、私の大事な子供をそんなヘンテコな宇宙人と一緒に預けられないの! 大体、宇宙人なんて得体の知れないモノをなんで受け入れてるのよ! 何かあってからじゃあ遅いのよ! 聞いてるのっ?」
 相談室の中、その女性は手のひらで机を何度となく叩きながら、喚く様に捲し立てた。
「勿論、お母様の御心配は」
「なによ! あんただって宇宙人の雑種のくせに! 何が分かるって言うのよ! 謝れ! お前らが居るから、私達は子供を保育園に入れられないのよ! ほら、謝ってよ、さあ早く! 出来ないって言うなら今すぐそこで土下座しろ!」
 抱っこ紐を身に付けた女は、超音波の混入を疑うほどの甲高い声を上げながら、机を激しく叩いた。
「お、お母様、どうか落ち着いて下さ」
「謝れーっ! 土下座しろーっ! 警察の犬ぶってても私には分かってんだよ、あんた達がインベーダーだって事はーっ! さっさと出て行けーっ! 宇宙人は出ていけーっ!」
 女の絶叫の語尾が止むよりも早く、盛大な音を立てて相談室の扉が開け放たれた。
「あーっ、もう、うるさいわねー。さっきから聞いてりゃ、下らない事をギャーギャーとまぁ。そういう文句は警察じゃなくて、厚生労働省に言えっつーの!」
「保育園は文科省だろうがーっ!」
「違うわよ、保育園は厚労省。そんな事も分からずに活動やってんじゃないわよ、出直してこいっつーの! それとそこの! さっさとこっち来なさい」
 頭頂部に一対の白い兎耳を持つ女は天野を睨んだ。
「で、ですがまだご相談は」
「そいつは相談者なんかじゃないわよ。こないだから国会議事堂の前で騒いでるアースセーフティー・ママサークルとかいう反亜人活動家集団のひとりよ。まともに取り合う必要は無いわ、さっさとお帰り頂いて」
「で、ですが」
「いいからこっちに来なさい!」
 兎耳の女と相談者の板挟みにされ、天野は狼狽(うろた)えた。彼の信条は、例えどんなクレーマーであろうと、納得を得られるまで話を聞く事、である。
「そこのあなたも、これ以上相談室で喚き散らす様なら業務妨害で手錠掛けるわよ?」
 兎耳の女は肩を竦めて見せるが、喚く女はまるで意に介さず、更に喚いた。
「公権力の濫用はんたーいっ! 誰かーっ! 誰かこの横暴な警察の犬を連れて行ってーっ!」
 兎耳の女はだめだこりゃ、と、呆れた溜息を吐き、天野の腕を掴んだ。
「え、あ」
 天野は突然腕を引っ張られて困惑した。そしてその次の瞬間には、反対の腕を活動家らしき女に掴まれた。
「待てーっ!」
「え、あ、わぁ!」
 活動家らしき女が天野を引っ張った瞬間、兎耳の女は彼の腕を放した。
 天野はよろめき、女に引っ張られるまま机の縁に脇腹をぶつけ、呻き声を上げた。
「はーい、公務執行妨害ねー、職務規定第十五条に従いあなたの身柄を拘束させていただきまーす」
 兎耳の女は腰から手錠を抜くと、天野の腕を掴み続ける女の手首にそれを掛けた。
「濫用だーっ! 公権力の濫用だーっ!」
 残る腕を全力で振り回し逃げようとする女を、兎耳の女は冷ややかに睨んだ。
「あんまり騒ぐと、職務規定第十六条に従って鎮圧措置を実行しますよ? 早く相談員の手を離しなさい」
「濫用だーっ! 公権力の濫用だーっ! 宇宙人の侵略はんたーい! 公権力の乱用はんたーい!」
 兎耳の女は心底鬱陶しそうに顔を歪ませながら腕を伸ばし、天野の腕を掴み続ける手にも無理矢理に手錠を掛けた。そして、騒ぎに気付いて駆けつけた別の警察官の方へと女を押し出す。
 警察官もまた、心底面倒くさそうな表情を浮かべながら、お話は別室でゆっくり聞きましょうと言い、同じ事を叫び続ける女を引き摺って姿を消した。
「あ、あの」
 あれでよかったんですか、という天野の問い掛けは、切れ味のいい平手打ちに封じられた。
「あの女が抱えてたのは赤ん坊型のシリコン人形でしょ? そこから突き崩して、喚き散らすのを封じ込めて追い返せばいいものを、全く、要領の悪い男ねぇ」
「あ……あの、あなたは」
「あたしは本庁特別機動隊第七組の宇佐美(うさみ)。あんた、まさか調査係の天野とかいう奴?」
「え、えっと、僕は」
「聞いたわよ。とんだボンクラだって。全くその通りだったみたいだけど……他の部署にまで迷惑掛けるのは止めてくれないかしら」
 天野は宇佐美の暴言に言葉を失った。そして、その奥に見えた人影に恐怖を覚えた。
 其処に居たのは、貼り付けた様に薄い笑みを浮かべた武寿賀だったのだから。
「あら、丁度いいところにいらしたわね。このボンクラ、さっさと引き取って下さいなっ」
 宇佐美は天野の腕を掴み、武寿賀の方に引っ張り出した。
 天野の気分は、まな板の上の鯉だった。
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