積み重なる影の予兆

文字数 1,546文字

 鵺田(ぬえだ)が持ち込んだ情報は、年明けの頃から噂が有った吸血鬼(ヴァリコラカス)のシンジケートに関するものだった。
 吸血鬼(ヴァリコラカス)はエザフォスに暮らす種族のひとつで、夜の闇に生き、他の種族の生き血を糧とする闇の種族だった。
 エルダール達は忌々しい存在として交わる事を拒むが、気性の荒い獣人達を束ね、エルダールの何倍もの速さで増えるアネールを間引く必要悪として、その悪行の一部は見逃されている。
 そんな吸血鬼(ヴァリコラカス)が地球で悪事を働く様になったのはつい最近の事らしく、衰弱した、妙な噛み跡の有る若い女性が相次いで発見されたのが年末年始の頃だった。
 ニフテリザは吸血鬼(ヴァリコラカス)眷属(けんぞく)として彼等に仕えるが、鵺田の様に地球へ渡ったニフテリザは吸血鬼(ヴァリコラカス)の眷属である事を拒んだ一団である。
 無論、アネールを糧とする吸血鬼(ヴァリコラカス)であっても、荘園の領主として獣人や有翼人を束ねる一族は“獲物”を無造作に捨て置くような真似はせず、地球にまで進出してはいない。
 鵺田がある筋から得た情報だとして望月の伝えたのは、悪質な遣手婆(やりてばば)に関する噂で、ニフテリザなどの有翼人(イカリアス)獣人(サテュロス)、あるいは吸血鬼(ヴァリコラカス)との混血者を口八丁手八丁に引き込み、違法な売春行為をさせているという話だった。そして、彼等は東京にも拠点を持っているが、本丸は近代まで色街が残っていた大阪だという。
 望月は亜人問題以前の刑事事件だと判断して刑事課に連絡を入れ、鵺田には何か情報を掴んだら自分を通して伝える様にと伝えた。
 しかし、望月の仕事はこれで終わらなかった。早朝から始まったオーク掃討作戦が終わり、本庁の特別機動捜査隊が戻ってきたのだ。それも、問題となっていた連絡通路(ワープホール)の場所を特定したとの手土産を持って。

 望月は呼ばれるまま、特別機動捜査隊の控室に向かい、本庁応援部隊の指揮を執っていた柏木隊長から話を聞いた。
 それによると、現場で確認出来たオークはおそらく全て倒されたとの事だった。正確な数は把握出来ず仕舞いだったという。また、現場検証に立ち会う為、武寿賀は遅れて戻るとの事だった。
 武寿賀も連絡通路(ワープホール)の件は把握していると考えつつも、望月は重ねて、エザフォス側の入り口は特定されているが、現地でオーク討伐が行われた場合、討伐舞台に偶発的渡航が発生する可能性が有る事、しかし、彼等は現地では貴重な戦力である為、可能な限り速やかに中つ国(アステクシア)北部と連絡している信州の連絡通路に送還するようにと要請した。
 柏木は周知すると言い、事後処理に向かった。草薙の事が気に懸かる望月は執務室に戻ろうとしたが、柏木と供に出動していた黒井が、気になるものを見たと望月を呼び止める。
 曰く、彼は逃げ出したオークの追討に向かった時、其処に似つかわしくないものを見ていたのだ。
 女である。彼はその女を呼び止めようとしたが、その女は突然姿を消し、足跡さえなかったというのだ。
「もしかしたら……オークがまとっていた諸悪の化身(エフィアルティース)かもしれません……とはいえ、オークは全て駆除したんですよね」
「おそらく。逃げ出した個体が一体くらいいるかもしれませんが、徒党を組んで民家を襲撃する事は不可能かと」
「そう……それじゃあ、あの連絡通路周辺の警戒は続くし、心配は無いと思います」
 望月はあいまいな答えしか返せなかったが、黒井は特に気に留めた様子も無く、居住まいを正した。
「そうですか、では」
 黒井が立ち去り、望月は時計を探した。
 時刻は、正午を少し過ぎていた。
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