わけありニンフの子守り役

文字数 1,580文字

「さて……」
 望月は天野と醍醐に目を向ける。
「あ、洗い物なら」
 天野は慌てて立ち上がろうとするが、その目の前からカップを取り上げたのは醍醐だった。
「カップはあたしが洗ってくるね」
「お願いね」
 醍醐は机の上のカップを手早く集めると、隣にある給湯室へと向かう。
 そして、二人だけになったところで、望月は神妙に天野を見て口を開いた。
「天野さん、支給されたスマートフォンの使い方はわかるかしら」
「あ、はい」
 唐突な質問に戸惑いながらも、天野は望月を見た。
「東京は初めてだと聞いているところ申し訳ないけれど、地図アプリだけは使いこなせるようにしておいてね」
「え……」
「醍醐さんを外に出すのは、これが初めてなの」
「え、えぇ?」
 天野には、望月の言葉の意味が分からなかった。
「醍醐さんはもともと吉備津室長の部下で、吉備津室長は先月まで此処の係長だったの」
 天野は思い出す。そういえば、吉備津の所属をはっきりと聞いた覚えがなかったな、と。
「でも、どういう……」
「醍醐さんは突然変異的に地球で生まれた純血のニンフの第一世代……吉備津さんが長らく養子として育ててきたニンフで、他のニンフとは何かが違うと。その詳しい事を私は聞かされていないけれど、普通に外に出せる存在ではない事は確かなの。着任早々子守り役を押し付ける様で申し訳ないけれど、外の世界を十分に知らない彼女の事は貴方にお任せします。だから、せめて迷子にはならないで下さい。これから先、個別的な行動を求められる場面は、きっと来るでしょうから」
 それだけ言うと、望月は静かに部屋を出て行った。
 天野は次々と流し込まれた衝撃の事実を前に、ただ机を見つめて座っているしかなかった。
 想像していたのとはまるで違う、いや、想像していなかった事態が目の前で、自分を置き去りにして展開されている事に危機感さえ覚えながら、それにもかかわらずその事実をどうする事も出来ないという絶望感を噛み締めていた。
 だが、現実はそんな彼を置き去りにして展開され続け、何やら複雑な背景を抱えているであろう醍醐は無邪気な様子で、洗い終わったカップを持って部屋に戻ってくる。
 作業台の棚にカップを戻し、醍醐は元居た椅子に再び腰を下ろした。
「ねえ、天野さん、歓迎会の場所、分かりますか?」
「え……」
 望月の言葉に記憶から薄れていた事実を思い出し、天野は混乱した。そういえば、蝙蝠の巣という言葉を聞いた気はするが、それが何処に在る物かは分からない、と。そして、そもそも、歓迎する意思があるのなら、それを教えてくれるはずではないのか、と、
「何度か連れて行ってもらった事は有るけれど、ちゃんと道を覚えてないの。天野さん、調べてくれる?」
「え、あ……」
 醍醐も連絡用のスマートフォンは支給されているはずではないのかと思いながら、天野は自分のそれを取り出す。だが、店の名前が分からない。
「……お店の名前、分かりますか?」
「確か、フェリチータです」
「大体どの辺りに在るかは……」
「この近くだけど、よく覚えてなくて……」
「それじゃあ、その、料理はどんな物でしたか?」
「えっと……ピザ、そう、ピザがすごく美味しかったです」
 天野は半ば呆れながら、店の名前と、おそらくはイタリアン・レストランである事を頼りに店を探した。すると、庁舎からは西方向、国会議事堂のある方角にそれらしき店が地図に表示される。
「あぁ……分かりました。地図を頼りに歩けば、歩ける距離ですね……」
「そう、歩いて行ける場所でした! よかった、これでお昼ご飯、皆さんと食べられますね!」
 子供の様な笑顔を浮かべる醍醐に、天津は引き攣った笑みを返す。
 この人物とこれから先、仕事をしていくのかと思えば、ただ、前途多難としか思えずに。
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