本物の災厄

文字数 1,504文字

 ドワーフと呼ばれた異星人が暮らす、かつて人間が暮らしていた土地から見上げた空には星が煌めく夏、警視庁公安部亜人相談室調査係の執務室の明かりは落ちたまま、誰の姿も無かった。
 ――不死なる罪の化身(アサーナタマティーア)のもたらした災厄とは、こういう物だったのかもしれませんね。
 今はただの空き部屋となったかつての係長室で、武寿賀は去り際にそう言い残した。
 高木春花による来談者殺害が事件として認知されて以降、警視庁は総力を挙げて防犯カメラの映像をかき集め、状況証拠から吸血された痕跡のある変死体の原因が高木春花である事を証明させた。その間、調査係は一切の活動を禁じられ、観察係の監視下に置かれる事となった。
 無論、武寿賀は惑星ハーデスとデメテールの話を上層部に語ったが、彼等はそれを信じる事は無かった。武寿賀自身も受け入れられるとは思っていなかったが、宇宙人という不可解を目の前にしてもなお、頑なに何も受け入れない人間には愛想を尽かしそうだった。
 高木春花の立件が確定し、観察係の監視下から解放された調査係の面々は、多くが庁舎を去る決心を固めていた。また、地球に生まれた亜人である職員の中にも、激しい亜人非難を制御できない上層部への不満が蔓延し、警察を離れたいと考える物が増えていた。

 関係者全員に対する処分が正式に下されたのは、夏が始まる頃の事だった。
 高木春花の採用を決定した吉備津と、それを受け入れた武寿賀はその責任を負う形で辞職となり、調査係は解散の決定が下された。最終的に所属していた職員は配置替えとなる予定だったが、そもそも調査対象だった罪の化身(アマティーア)に関する事件、高木春花に関連する事案が終結した事で明星が職に留まる理由は無くなり、白銀もまた警察という組織で行動する理由を無くし、それぞれに自主退職となった。
 黒井と白石は特殊機動捜査隊に戻る事が内定していたが、加熱する亜人非難に迫害されながらの捜査活動は出来ないと退職を願い出た。何より、亜人の捜査員の一部が同様の考えによって警察を離れる事を望んでいただけでなく、先んじて退職した機動捜査隊の職員が亜人専門の警備会社を立ち上げると話が広まっていたのだ。
 長く調査係に勤めた瀬戸も、長年の相棒と乗り別に加え、信頼していた上司の辞職がとどめとなり、警察での仕事を辞める道を選んだ。一方、望月は祖父の後ろ盾を失ってもなお、警察で働き、地球人とエザフォスの亜人が共存する世界を目指す事を望んだ。
 ――恐ろしい事も沢山ある、だけど、悪いばかりじゃない事を、知って欲しいから。
 そんな望月を見送った醍醐は、育ての母親である吉備津と共に、警察から離れると決めていた。それどころか、その吉備津の許からも離れる選択をした。
 そして天野は警察に残って相談室での勤務する事を望んだが、事ここに至ってもなお、彼はそれを断られた。
 その眸が不気味だから、と。

 相談室勤務が叶わなければ、警察に残る事は出来ない。
 天野が途方に暮れていると、退職間際の吉備津は一枚のチラシを彼に手渡した。それは、以前オークの襲撃と反亜人団体からの襲撃予告を同時に受けた、奥多摩の運動公園の案内だった。
 ――そこに集まる子供達は、皆、亜人である、ただそれだけの理由で爪弾きにされている子供達よ。貴方なら、その気持ちが分かるでしょう?
 天野はそれを吉備津からの(はなむけ)と受け取り、東京に残って亜人の為に働くと決意した。
 魔法を使う事は出来ず、力で何かを守る事は出来ないが、同じ様に傷つけられた子供達に寄り添う事なら出来るだろう、と。
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