不可思議な事

文字数 1,712文字

「人込みって、どうしてこうも疲れるんですかね……」
 手作り雑貨や私家本の即売会で、エザフォスに自生する麻薬成分に類似した未知の成分を含む植物が販売されているとの情報を受け、天野と醍醐、そして望月は現場の店舗をしらみつぶしに回る事となった。
 結果として、販売されていたのは光の平野(フォスペディアダ)に生息しているエザフォスにおける(たばこ)の原種で、嗜好目的ではなく、地球で栽培されている物とは違う色鮮やかな花の観賞を目的としたドライフラワーだった。
 事情を理解している望月は、地球人も“パイプ草”を育てるが、害の有るものとして厳しい規制がなされている旨を伝え、販売を取り止める様にと勧告し、その日の仕事は終わった。
「あれ? 何だろう、何か届いてますよ」
 執務室の扉を開けた天野は、机の上に箱を見つける。
 箱には付箋が貼られており、受け取った担当者と送り主が有った。
「……あー、この前相談受けた八王子の人達ですね」
 天野は事情を察し、箱の封を切った。中には可愛らしい便箋が入っていた。
 ――先日はお世話になりました。小さい箱は会議室に避難させてくれた女の人に渡して下さい。後は皆さんで召し上がって下さい。
 天野は吉備津に渡す方の箱を取り出した。
「これ、吉備津さんの分みたいなんで、室長室の方に行ってきますね」
「それじゃあ、私達はお茶を淹れて待ってるわね」
 望月は天野を見送り、少し遅い昼食の準備に取り掛かる。
「あ、さくらちゃんにこよみちゃん、おかえり!」
 天野と入れ替わる様に顔を出したのは草薙だった。
「あれ? あまのんは?」
「天野さんなら、室長の所へお届け物に」
 望月は湯飲みをひとつ余分に準備する。
「そっか。あれ? その箱は?」
「この前、オークの巣を見つけた人達からの差し入れよ」
 醍醐は嬉々として答えながら、梱包の段ボール箱を畳む。
 望月が茶の支度を終え、湯飲みを机に配っていると天野が戻ってきた。
 差し入れの箱を開けると、中には可愛らしいクッキーや焼き菓子が入っていた。
「桜クッキーに(よもぎ)クッキー……」
 天野はそれを見て、僅かばかりの安堵を覚えた。
 香りが別々になっているのなら大丈夫だろう、と。
 醍醐と天野は望月から昼食の巻き寿司を受け取り、差し入れの箱から適当なクッキーを取り出す。
獲夢(えるむ)ちゃんもどうぞ」
 望月の言葉に、草薙は小さく笑った。
「あたしはいいよ、さっき、お昼食べたばっかりだから」
「そう? 後で籠に入れておくから、マドレーヌはみんな揃った時の朝礼にでも出すわね」
「うん、ありがとう!」
 他愛無い会話をしながら三人が巻き寿司を食べ終えた頃、醍醐は机に残る一枚の広告に手を伸ばす。
 クッキーを作ったあの二人の店のものではないが、醍醐の興味を引くには十分な物だった。
「あ、これいいかも」
 醍醐の視線の先に有ったのは、出産祝いの品に勧められているアイシングクッキーの写真。
「出産祝いですか?」
「うん。特別機動捜査隊の白鳥さん、この前赤ちゃんが無事に生まれたらしいの。此処に来た時、最初にお世話になった人だから、何か贈ってあげたいなって思って……これにするわ!」
「あ、でも、なんかいろいろ種類が有るみたいだし、色とか選ばないと」
「そっか……」
「男の子か女の子か分からないんだったら、どっちにもならない緑色がいいと思いますけど」
「そうですねー……でも、やっぱり白っぽい色がいいかなって思います」
 醍醐と天野の会話を横目に、草薙は頬杖をついて時計を見上げていた。
 そんな光景を目にした望月は、ふと、嫌な物を感じて振り返る。
 しかし、背後に気配はない。
 ただ、視線を戻した時、彼女の前に有った抹茶クッキーが粉々に砕けていた。
 魔法を使う醍醐は出産祝いの贈り物を選ぶのに夢中で、望月の前にあるクッキーの事など眼中に無い。
(まさか……ね?)
 地球に“あれ”が現れるはずがない。望月はそう思い居ながら、恐る恐る草薙を見遣る。
 彼女は緑茶に手を付けるでもなく、ただ、時間が過ぎるのを待って居る様だった。
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