呪いの檻

文字数 2,816文字

 長い取り調べの後、待機を命ぜられていた高木に帰宅の許可が下りたのは、日も暮れかかった頃の事だった。
 吉備津と武寿賀は高木を庁舎にとどめるべきと考えていたが観察係は帰宅を許可し、宿舎まで送り届けるよう望月に命令を下した。
 その一報を受けた白銀と明星は非常用エレベーターを呼び出して地上に降り、その後を追いかけた。宿舎には白石と黒井も出されているが、高木が罪の化身(アマティーア)であるとすれば、手に負えない。
 しかし、二人は高木と望月を見つけられないまま、庁舎の裏手に回っていた。
「黒井さん? 白銀です。望月さんと高木さんを見ましたか」
 白銀は黒井に連絡を入れるが、黒井の返答は見ていないとの事だった。
『ウペリパーニア殿!』
 明星は星の民(エルダール)の言葉で叫び、庁舎と宿舎の谷間を指さす。
『セレーニア!』
 白銀はスマートフォンを投げ捨て、左手を刀に回しながら走り出す。
 投げ捨てられたスマートフォンの向こうで黒井は白金の名を呼ぶが、二人の足音は遠ざかる。
『畜生!』
 明星は叫び、コンクリートから生える触手を薙ぎ払う。その触手はまるで檻の様に、先行して駆け出した白銀と、別の職種に縛られた望月、そして、その触手の主を囲い込む。
『随分と大胆ねぇ』
 星の民(エルダール)の言葉を解さない様子で、高木は怪訝に白銀を見遣る。
「こんな人間の目のある場所で、よくやるわ」
「自分から飛び込んでくるなんて、愚かな獲物。でも、今はいらない」
 白銀の足元から、細い線虫にも似た、気色の悪い触手が生え伸びる。
「この体はもう限界だわ。人間の血って、アネルよりも脆くて面倒」
 触手の檻の外、明星は自分に伸びる鋭利な職種を薙ぎ払うだけで精一杯だった。
光の民(フォスコイノス)だってそう便利でもないけど、魔法が使える分、これよりまし」
 触手に締め上げられ、朦朧とした望月にもはや抗う余地は無かった。
 白銀は生え伸びる触手を魔力で焼き払おうとするが、効果は無い。
「ちょっと大人しくしといてよ」
 細い触手は互いに絡み合いながら急速に丈を伸ばし、複数の縄となって白銀を捕縛しようとうねりだす。
 白銀は抜刀し、その触手に切りかかるが、触手は切られた傍から上へ下へと伸び、飴が貼り付く様に再生してしまう。それだけでなく、再生するだけ他の触手と貼り付き、太くなってしまう。
 抵抗する術を考える間もなく、白銀の刀は絡めとられ、終ぞ動きを止められてしまった。
 その攻防の先、抵抗の術を失った望月の前で高木の喉元がにわかに裂け始めた。
「どうして!」
 魔術で起こした炎で触手に抗いながら、刀身を絡め取られた刀の柄を握り締めて白銀は叫ぶ。だが、触手は力を強めるまま、檻の外で抗う明星の腕を絡め取り、白銀の首へと回り始める。
 高木の喉元から、赤黒い何かがつるし上げられた望月へ放たれようとした瞬間だった。
「浄化の(ルークス・エスト・ミヌス)
 白い光が、薄暗いビルの谷間に放たれた。
 高木は歪んだ悲鳴を上げてよろめく。それと同時に、触手の力が僅かに弱まった。
 白銀は刀を引き抜き、手当たり次第に斬りつける。明星もまた力任せにそれを振りほどき、目に入る職種という触手を斬りつけた。
発光魔術(ルークス・フルゴール)
 浄化の力とは異なる光が放たれ、高木は視界を奪われる。そのわずかな隙を突いて、白銀は望月を吊るし上げる触手に斬りかかった。
 固い地面へと放り出されるまま、望月は倒れ込む。
「セレーニア」
 武寿賀は望月の傍へと駆け寄る。
「おじいさま……?」
 望月は焦点の合わない様子で武寿賀に手を伸ばす。しかし、その腕に向かって、触手が再び伸ばされる。
『させるかぁ!』
 白銀は咆哮を上げ、触手を斬った。返す刀で狙うは、高木の喉元、その肉を開き外に飛び出さんとしている罪の化身(アマティーア)の本体。だが、半身を反らせる高木の喉元へ白銀の刺突は僅かに届かず、本体から生じた赤黒い触手が刀に絡みつく。
『嘘でしょ!』
 オークが何よりも忌み嫌うはずの、清浄なミスリル合金で鍛えられた刀を、穢れの塊が掴み取った。その事実に白銀は悲鳴を上げる。
 触手の檻を掻い潜った明星の刀は殺気を帯びたまま、その赤黒い触手へと延びる。しかし、その刀もまた、禍々しく肉質をそのままに生える赤黒い触手に掴まれてしまう。
「ソンナモノデハ、キカン」
 地鳴の様な音が言葉を成した。その塊の宿主である高木の表情は虚ろで、死体が棒立ちしているに等しい有様だった。
「ジャマハ、サセン」
 細さからは想像も付かないほどの力で刀を引かれ、二人の掌が掴ま樹とこすれあい始めた瞬間、白い影が飛び出した。
 白銀は目を瞠るまま、刀の柄を握りしめ尻もちをついた。
 白い影の正体は武寿賀で、彼の右手は高木の顔面の肉を抉り取り、赤黒く濡れていた。
「オノレ、タカガ、エルダールガ、ナニヲ」
「たかが、とは、ご挨拶ですね……」
 武寿賀の腕が再び伸ばされ、高木の喉元を、湿った音を立てながらむしり取る。
 その凄惨な光景に、白銀は顔を歪ませる。
 表面の肉を失った高木ののどから飛び出してきたのは、赤黒い肉の塊の様な何か。
 高木の体はその塊を失うと同時に後ろへと倒れ込む。
 そして、転がり落ちた肉の塊から無数の触手が飛び出してきた。
「浄化の(ルークス・エスト・ミヌス)!」
 呪文が叫ばれると同時に、武寿賀の細い件が引き抜かれる。
 赤黒い触手は白い光に焦がされる様に縮み、発生源である肉の塊は振り下ろされた剣に貫かれた。
 雷鳴にも似た断末魔が地鳴りの様に響き、強烈な邪気が溢れ出す。
「フォース・トゥ・カターシ!」
 明星は上位の浄化魔法を発動させ、溢れ出す邪気を浄化する。無論、一人の魔力で片付くほどその勢いは容易い物ではない。
邪気封印(エクサファーニシ・トゥ・カコ)!」
 地の底から湧き上がる様な声が、最上位の浄化魔法を発動させた。
「ち、父上!」
 尻もちをついたまま呆気にとられていた白銀は立ち上がる。
「間に合ったようで、良かった……」
 パゲートスは静かにかがみ込む。
「父上」
 白銀は刀を放り出し、パゲートスの側へと向かう。
「どうして此処が……」
「パゲートスの気配を追ってな……しかし、だいぶ無理をしてしまった様だ」
 パゲートスは脂汗を滲ませ、胸を押さえた。
 明星は刀の穢れを払い落とし、それを鞘に納めパゲートスと白銀の方に歩み寄る。
「中に戻りましょう、此処にいては、厄介だ」
「そう、ね……私の部屋に行きましょう、後の事は……伯父上にお任せします」
 白銀は眉根を寄せ、武寿賀を見上げる。
「えぇ、任せて下さい……早く、中に戻りなさい」
 明星はパゲートスを抱え、庁舎の入り口へと向かった。
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