闇の狩人

文字数 1,969文字

 白銀が二階の部屋に駆け込んだ時には、既に出動の準備が始まっていた。
「例のガーゴイルもどき、こっちに来てるみたいでね。麹町署の屋上を借りて捜索するんだって」
 白石はあっけらかんとした様子で言うが、瀬戸は苦い表情を浮かべていた。
「まったく、こういう時にイカリアスの増援が無いなんて、ついてないよ」
 瀬戸の脳裏には、かつての相棒の姿がよぎる。
「それで、出動されるのは」
「黒井君と瀬戸君、それに係長と僕だよ」
 白銀の問いに答え、白石は肩を竦める。
「もしこっちで何かあったら、明星君と白銀さんに何とかしてもらえって、係長からの伝言」
 そう言った白石の端末が、短い呼び出し音を立て、散弾銃の使用許可が下りた事を告げる。
「それじゃ、後は任せたよ」
 白石は天野を見遣り、瀬戸と共に部屋を出ていく。
 その慌ただしげな背中を見送り、白銀は振り返る。
「……それで、どうして父上が此処に?」
「取り調べとやらだ。尤も、朝から誰も来てはおらんがな」
 窓辺の椅子に腰掛けたパゲートスは溜息を吐く。
「此処の窓は開けていても大丈夫なんですね」
「そっちは庁舎で、一般の方は、入りませんから」
 僅かに光を取り込むだけで、外の様子を覗うには適していない窓を眺める白銀に、醍醐は語りかけた。
「でも、外の様子が分からないのも、なんだか怖いです……表の方は、すごい騒ぎだと聞きましたから」
 白銀は僅かに見える空を仰ぎ見た、その瞬間だった。
「え……」
 刹那に、黒い影が横切った。
「来てしまったな」
 同じくその黒い影を認めたパゲートスは立ち上がる。
「父上」
 白銀は咄嗟に留めようとするが、一方で何をするのかは分っていた。
 明星もまた同じで、彼は立ち上がるまま扉の外へと向かうパゲートスに付き従う。
「天野さん、白石さんたちを呼び戻して下さい、あれは、この傍に来ます」
「え、あ、あの!」
 白銀は遅れて部屋を飛び出し、天野は静止する術も無く目を白黒させている。
「天野さん! 早く電話して!」
 醍醐の甲高い声で我に返った天野は慌ててスマートフォンを引っ張り出し、黒井に連絡を入れる。
「く、黒井さんですか、天野です、その」
「ガーゴイルが宿舎の方に!」
「そ、その、ガーゴイルが、宿舎の方に現れて、あのエルフの男性と後二人が外に」
「早く戻って!」
「戻って来て下さい!」
 醍醐に促されながら、天野はぎこちなく状況を伝える。だが、黒井は咄嗟にそれを理解し、すぐに引き返すといって通話を切った。
「天野さん、私達は……」
「多分、僕達が行っても、足手まといだろうし……此処にいる分には、入ってこない限り、きっと大丈夫……」
 天野は自分に言い聞かせる様に呟き、開け放たれた扉を見つめた。

 庁舎を飛び出した三人は宿舎との谷間になっている広場へと駆け出していた。
『気配は近いな』
 パゲートスは狭い空を見上げて呟く。
『でも、近づいてきたところで、どうすれば』
守護の光(フォース・トゥ・プロスタシア)で結界を張って、溢れ出す邪気から身を守れ。あれを斬れるのは、灰水晶(ミス・クリュッソ)の刃だけだ』
 白銀は刀の鞘を握った。それは彼女の兄が鍛えた刀ではあるが、灰水晶(ミス・クリュッソ)ではない。
『でも、依り代となっている肉体を殺ぐだけなら、ミスリルでも十分ですよね』
 明星はパゲートスに問う。
『おそらくは』
 一瞬の沈黙が訪れた次の瞬間、すさまじい破壊音が自嘲に届く。
『宿舎に入られたか!』
 一行の資格となっている窓に、何かが突っ込んだらしかった。
『入りましょう』
 白銀は入口へと走り、入り口の鍵を開ける。
 駆け込んだパゲートスは直感のまま、階段を駆け上がる。そして向かった先は、白銀には見覚えのある場所。
『セレーニアが中に』
 パゲートスは鉤の金具をもろとも吹き飛ばし、頑丈な扉を開け放った。
 室内では望月と思しき悲鳴と、何かが倒れるような音が響いている。
「来ないで!」
 手近にある物を投げつけながら、望月は逃げ回っていたらしい。だが、パゲートスが踏み込んだと同時に鉤爪を持った手は望月を捉え、ガーゴイルは破られた窓へと踵を返す。
 その羽が広げられた瞬間、割って入った白銀の一撃が抜き打ちに放たれ、爬虫類の皮膚にも似た膜を持つ羽を切り落とす。
 だが、そのガーゴイルには痛覚が無いのか、それは破れた窓からそのまま飛び降りる。
『そうはさせるか!』
 明星は叫び、飛び降りたガーゴイルに続き、外へと飛び出した。
『プロイアス!』
 白銀は叫ぶが、パゲートスは構わず部屋を飛び出し、地上へと戻る。
『もう、なんて無謀なの!』
 苛立たしげに叫びながら、刀を納めた白銀もまた窓から外へと飛び降りる。
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