災いの芽吹き
文字数 2,049文字
あくまでも調査の為。その制約が緊急走行を許さず、一行が奥多摩の森に進んだ頃にはミスリルの刃が青い光を帯びていた。
黒井は一段高い運動公園の敷地と行動を隔てる石垣に沿って進もうとしたが、白銀は停車を求めた。
「貴方達は車を安全な場所に置いてきて。多分、運動場にオークが来ているわ」
黒井は一瞬の沈黙を経て口を開く。
「連絡は白石にしろ」
敷地内へと続く坂道の入り口、白銀と明星、そしてパゲートスは車を降りる。
「この石垣の上に居る、急げ」
パゲートスの言葉を受けた明星を先頭に、三人は坂道を駆け上がる。そして、明星は見た儘を口走った。
「囲まれてる、見えるだけで十は越えてる」
明星の言葉に、パゲートスは首に掛けていた警笛を咥えた。
甲高く澄んだ音が、硝子を割り、鉄格子を叩くオーク達の騒音に割って入る。
屋内運動場の扉を破らんと暴れていたオークの鏃が三人に向けられた瞬間、もはや詠唱すら必要としない強力な力が風を起こし、黒い矢を薙ぎ払う。
「頭領を倒せ、ウルクが一体混ざっている」
白銀は刀を鞘に納めたまま、一歩踏み出す。
丸腰の星の民 の女。それがオークにとって何かを、彼女は知っている。
オークの序列が何を意味しているのかも、知っていた。
白銀が明星とパゲートスの傍を離れるにつれ、オーク達は色めき立った様に唸り声を上げる。だが、手を出せるのは、その中のただ一体。白銀の後ろで、明星は投擲に使えそうな小刀の柄に手を掛ける。
統領と思しきウルクが白銀に向かって歩みを進めた瞬間、明星の小刀が放たれ、ウルクの肩に突き刺さる。その刹那、白銀は抜き打ちの一撃でその腕を斬った。ミスリルの魔力に悶絶するウルクにとどめを刺す事は容易い。だが、白銀は間合いを取る。
駆け出したのはパゲートスだった。彼の刃がウルクの首を落とした瞬間、放たれたのは強烈な浄化魔法。白銀と明成の広げた浄化魔法は、低級なオークの力をそぎ落とすには十分だった。
三人は何も言わず、逃げる事もままならないオーク達を一撃で仕留めて回る。
少し離れた空き地に車を停めた黒井と白石が到着した時には、オークの貧相で薄汚れた武装が砂地に残されているだけだった。
「妙だな……」
現場を見回しながら、パゲートスは呟いた。
「何か不審な点が?」
「植木だ」
パゲートスの見つめる先に在るのは、比較的若い桜の木。
「桜の木がどうか」
「オーク達は花を咲かせる樹を好まない。そんなものに囲まれている此処に、どうして」
パゲートスが眉根を寄せた時、ガラス片の産卵する屋内運動場から出てきた子供の一人が、二人の傍へと歩み寄ってきた。
「お嬢ちゃん、こっちにきちゃ」
二人の傍で足跡を探していた白石がそう語りかけた時、パゲートスの刃が少女の頭に直撃した。
「なっ」
突然の出来事に白石が目を瞠った瞬間、聞こえたのはパゲートスの舌打ちと獣の咆哮にしてはあまりにも禍々しい呻り声。
白石があっけに取られていたのは一瞬だった。そのわずかな合間に白銀は浄化魔法の呪文を口走りながら刀を引き抜き、再び振り下ろされたパゲートスの刃と同時にその少女の様な何かに切っ先を突き立てた。
断末魔の様なおぞましい絶叫と共に少女の様な何かは崩れ落ち、オークの死肉にも似たヘドロに変ずる。
「子供の数を数えさせて」
冷たく言い放つ白銀に白石は表情をひきつらせたまま、彼は子供達が避難する研修施設へと走った。
それから程無くしてて点呼は終わり、白石は怪訝な表情を浮かべ、ヘドロの傍らに佇む二人の元へと戻った。
「今日参加している子供は全員、研修室に居るそうです」
パゲートスと白銀は顔を見合わせる。
「罪の化身 の所為?」
「いや、不死なる罪の化身 の影響かもしれない。いずれにせよ、この森に災厄が巻き散らかされているのは……」
パゲートスはわき腹を抑え、うずくまる。
「父上っ」
何が起こったのか分からない白石は唖然としたまま立ち尽くすしかなかったが、白銀はその傍らで膝をついた。
『オークの邪気に、中てられてしまったな……』
『ならもっと早く』
『いや、今しがたまで、何も……』
「白石さん!」
白銀は顔を上げ、白石を見る。
「車、こっちに持ってこられますか?」
「あ、あぁ」
「お願いします」
「分かったよ……」
星の民 の言葉は分からないものの、それが非常事態である事は理解した様子で、白石は黒井に連絡を入れながら駐車している空地へと走り出す。
『ベラドンナ の生薬 で間に合うかしら』
『おそらくは……』
白銀はオークの穢れた刃がもたらす永久の苦痛を知らないが、地球にやって来て、それがいかなるものか想像する事は出来る様になっていた。その苦痛を和らげるための薬が、人間にとっては致死性の劇薬である事を初めて知ったのだ。
黒井は一段高い運動公園の敷地と行動を隔てる石垣に沿って進もうとしたが、白銀は停車を求めた。
「貴方達は車を安全な場所に置いてきて。多分、運動場にオークが来ているわ」
黒井は一瞬の沈黙を経て口を開く。
「連絡は白石にしろ」
敷地内へと続く坂道の入り口、白銀と明星、そしてパゲートスは車を降りる。
「この石垣の上に居る、急げ」
パゲートスの言葉を受けた明星を先頭に、三人は坂道を駆け上がる。そして、明星は見た儘を口走った。
「囲まれてる、見えるだけで十は越えてる」
明星の言葉に、パゲートスは首に掛けていた警笛を咥えた。
甲高く澄んだ音が、硝子を割り、鉄格子を叩くオーク達の騒音に割って入る。
屋内運動場の扉を破らんと暴れていたオークの鏃が三人に向けられた瞬間、もはや詠唱すら必要としない強力な力が風を起こし、黒い矢を薙ぎ払う。
「頭領を倒せ、ウルクが一体混ざっている」
白銀は刀を鞘に納めたまま、一歩踏み出す。
丸腰の
オークの序列が何を意味しているのかも、知っていた。
白銀が明星とパゲートスの傍を離れるにつれ、オーク達は色めき立った様に唸り声を上げる。だが、手を出せるのは、その中のただ一体。白銀の後ろで、明星は投擲に使えそうな小刀の柄に手を掛ける。
統領と思しきウルクが白銀に向かって歩みを進めた瞬間、明星の小刀が放たれ、ウルクの肩に突き刺さる。その刹那、白銀は抜き打ちの一撃でその腕を斬った。ミスリルの魔力に悶絶するウルクにとどめを刺す事は容易い。だが、白銀は間合いを取る。
駆け出したのはパゲートスだった。彼の刃がウルクの首を落とした瞬間、放たれたのは強烈な浄化魔法。白銀と明成の広げた浄化魔法は、低級なオークの力をそぎ落とすには十分だった。
三人は何も言わず、逃げる事もままならないオーク達を一撃で仕留めて回る。
少し離れた空き地に車を停めた黒井と白石が到着した時には、オークの貧相で薄汚れた武装が砂地に残されているだけだった。
「妙だな……」
現場を見回しながら、パゲートスは呟いた。
「何か不審な点が?」
「植木だ」
パゲートスの見つめる先に在るのは、比較的若い桜の木。
「桜の木がどうか」
「オーク達は花を咲かせる樹を好まない。そんなものに囲まれている此処に、どうして」
パゲートスが眉根を寄せた時、ガラス片の産卵する屋内運動場から出てきた子供の一人が、二人の傍へと歩み寄ってきた。
「お嬢ちゃん、こっちにきちゃ」
二人の傍で足跡を探していた白石がそう語りかけた時、パゲートスの刃が少女の頭に直撃した。
「なっ」
突然の出来事に白石が目を瞠った瞬間、聞こえたのはパゲートスの舌打ちと獣の咆哮にしてはあまりにも禍々しい呻り声。
白石があっけに取られていたのは一瞬だった。そのわずかな合間に白銀は浄化魔法の呪文を口走りながら刀を引き抜き、再び振り下ろされたパゲートスの刃と同時にその少女の様な何かに切っ先を突き立てた。
断末魔の様なおぞましい絶叫と共に少女の様な何かは崩れ落ち、オークの死肉にも似たヘドロに変ずる。
「子供の数を数えさせて」
冷たく言い放つ白銀に白石は表情をひきつらせたまま、彼は子供達が避難する研修施設へと走った。
それから程無くしてて点呼は終わり、白石は怪訝な表情を浮かべ、ヘドロの傍らに佇む二人の元へと戻った。
「今日参加している子供は全員、研修室に居るそうです」
パゲートスと白銀は顔を見合わせる。
「
「いや、
パゲートスはわき腹を抑え、うずくまる。
「父上っ」
何が起こったのか分からない白石は唖然としたまま立ち尽くすしかなかったが、白銀はその傍らで膝をついた。
『オークの邪気に、中てられてしまったな……』
『ならもっと早く』
『いや、今しがたまで、何も……』
「白石さん!」
白銀は顔を上げ、白石を見る。
「車、こっちに持ってこられますか?」
「あ、あぁ」
「お願いします」
「分かったよ……」
『
『おそらくは……』
白銀はオークの穢れた刃がもたらす永久の苦痛を知らないが、地球にやって来て、それがいかなるものか想像する事は出来る様になっていた。その苦痛を和らげるための薬が、人間にとっては致死性の劇薬である事を初めて知ったのだ。