真昼の暗闇

文字数 1,714文字

 正午、最も日が高くなったその瞬間、オークの潜伏先と思しき空き店舗のシャッターが開けられる。
 鍵の掛けられていないシャッターが上がり、白い光が暗い屋内を照らす。
 そしてあらわになったのは、十体はくだらない数のオークの姿だった。
 奮起とも苦痛とも取れない悲鳴を上げながらオーク達は立ち上がり、建物の奥、営業されていた当時の通用口へと逃れようとした。だが、扉を開けた先に立っていたのは、清浄の光を湛えたランプを手にした武寿賀だった。
 オークにとってその光は陽光に勝る脅威である。
 苦悶の悲鳴を上げたオークの一団が、開け放たれたシャッターの側へと走りだす。
「全体、一歩引け!」
 店の前の僅かな隙間を戦場にすべく、詰めていた特別機動隊が態勢を整える。
 飛び出してくるオークに向け、盾を持った防御部隊の隙間から、刀剣を扱える者達が攻撃を仕掛ける。
 陽光の元、動きの鈍ったスナガはその場で無力化され、逃げようとするオーク達を後方の攻撃部隊が追撃し、その動きを封じる。
 だが、咆哮を上げながら攻撃部隊の盾を変形させ、攻撃部隊の刃を跳ね返すウルクの後ろから、イティメノスが包囲を逃れようと走り出す。
「逃がすかっ」
 有翼人(イカリアス)を率いた風見は走り出すイティメノスと、包囲を掻い潜って逃げ出すウルクを上空から追撃する。
 彼等は二足歩行にしても酷く大股で、低い姿勢は獣にも似ている。そして、その姿勢から生まれる速度は人間を撒くには十分な物だった。
 しかし、上空から繰り出される槍の一撃は、彼等を確実に仕留めてゆく。だが、イティメノスはそれさえも(かわ)してしまう。
 そんな中、その一体にも無情に短剣が突き刺さった。
 苦無(くない)にも似た小刀を放り投げるのは、包囲網を一歩離れて逃走を待っていた矢城。彼が投げた小刀の刃はミスリルで、柄の部分には一部のエルダールだけが作り出せる魔水晶が填められている。
 一撃を受けたイティメノスはすさまじい悲鳴を上げながら、その小刀を抜こうと足掻く。だが、小刀の魔力はその力を奪い、差し込む正午の陽光が、その体を灰にする。
 生きたまま体の朽ちてゆく苦痛と恐怖は計り知れない。しかし、矢城には同情するどころか、情けの一撃を与えるほどの余裕すらなかった。一体でも逃せば、全く無力な人間が犠牲になるのだ。しかも、用意している小刀には限りがある。
 腰に携えた物があと何本か、何が何処へ向かって走り去ろうとするのか、上空からの追撃が間に合うのか。彼の脳裏を占めていたのは、全く先の見えない戦況への思案だけだった。
 建物の中では、一階の異変と犠牲を察知した二階の軍勢が地上へと降り、包囲網を掻い潜ろうと暴れていた。
 特別機動隊の防御部隊は疲弊し、押し返されていたが、控えていた攻撃部隊には十分な余力が有り、その内の数人は防御部隊を押し退けて最前線へと飛び出した。
「怯むな! この程度、すぐに片付く!」
 狼獣人(リコ・サチュロス)の血を引く攻撃部隊の一人が指揮を執り、続く数名は着実にとどめを刺していく。
「掃討する、俺に続け」
 地上に降りてきた子互い全て無力化されたところで、飛び出して指揮を執っていた一人が二階への移動を宣言する。彼に追従していた数名はもちろん、裏口からの逃走を阻んでいた武寿賀も、清浄の光をたたえたランプを手に上階へ進む。
 すべての雨戸が締め切られた空間をも隈なく照らす清浄の光。その照らす先に、オークは居なかった。
「制圧完了」
 男の言葉を聞き、武寿賀は階段を下りた。飛び出していったイティメノスには、彼も気付いていた。
 駐車場所としている商店街の片側の入り口は車両と数名の防御部隊により完全に封鎖されており、非常時の戦闘要員として醍醐も控えていた。無論、そちら側へ逃げた個体も居たが、後方からの追撃と防御部隊に挟まれ、あえなく倒されていた。
 問題は、住宅地へと続く道へ逃げた個体だった。
「スパーシウス、取り逃がした個体は居ませんか」
「あぁ、これで全部だ」
 小刀が突き刺さるまま、灰になったイティメノスの残骸が、穏やかな風に舞っていた。
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