日の光を厭わず

文字数 2,058文字

「其処で間違いなさそうだな」
 駐車場から少しばかり離れた場所に有る廃墟に出向いていた矢城は、険しい表情を浮かべていた。
「この辺はどうもネズミが多いようだし、あの建物はかなり手入れが悪い……踏み込めるものなら踏み込んだ方がいいかもしれんが……地球人が居る手前、まともにこの戦力で突っ込んでも無理だろう。アレスのウェスペルティーリオやスナガ相手なら獣人(サテュロス)が戦力になるが、ウルクとなれば一人一体が限界で、イティメノスともなれば、手練れのエルダールでもなきゃ二人で一体……多勢に無勢で攻め込まれたら一溜りも無いし、封じ込めも出来ん」
「出てきたところを押さえるしかねぇだろうな。いくら気配を消すとはいえ、至近距離なら見破れるだろ?」
「エルダールを連れておけばいいが……エピスタニス殿とホラニアス殿に俺だけでは足りんだろう」
「アステーリア様は?」
「エピスタニス殿の御息女か? 駄目だな。十分に魔法が通じないイティメノスが居ると腕力不足だ」
 風見と矢城はしばし思案し、先に口を開いたのは矢城だった。
「至近距離では無理でも、少し離れたこの周辺に散らばって張り込むのであれば、急激な戦闘を遅らせる事は出来る。ネズミが多いとはいえ、ネズミと残飯で食いつなげる数しか居ないとすればエピスタニス殿と俺、便宜上は職員の誰かを筆頭にしてホラニアス殿が指揮を執る小隊を編成して道を塞げばかなり駆除出来るかもしれない。それと、いくらネズミとはいえ、急激に捕獲されれば個体数が減少して、長く過ごすのは難しくなる。スナガは残飯を漁る事も有るだろうし、それなら今日は何かを食っているだろうが……イティメノスなどはそろそろ限界だろう。オークが現れたと推定される日から今日で約半月……家畜を抱えている家、外に犬小屋を置いている家の周辺に張り込むのもありだな」
 矢城の饒舌な推論を聞き、天野はまた蒼褪めていた。ペットの犬が、食われるのか、と。
「……一旦戻るか。その事、武寿賀さんに報告してくれ」
 人通りの至って少ない道へ進み出た車体は、緩慢に大通りへと進み、助手席の後ろでだらしなく座っていた矢城は、ぼんやりと車窓を眺めていた。
 その刹那だった。黒い影が、車の脇を駆け抜けたのは。
「止めてくれ! ウルクだ!」
 矢城の言葉に、風見は思わずブレーキを掛ける。
「細かい事は任せた、俺はあいつを追いかける」
 矢城は車を降り、黒い影の去った方へと走った。
「戻ってる猶予は無さそうだな、天野、本部に連絡を入れてくれ、此処に応援を寄越せとな」
 風見は元居た場所へ車を戻すべく、再び車を進めた。
 一方、矢城は僅かな気配を辿り、黒い影の来た方向を探し、先ほど目星を付けた廃墟へと戻った。そして物陰から見えたのは、その廃墟を出てゆく黒い影だった。
 彼は気取られぬ様、黒い影の気配を追いかけて道を進んだ。
 そして住宅地から遠ざかったその先に在ったのは、人の出入りが絶え、朽ち果てかけた神社。矢城は応援が来るまでの間、その周囲を観察し続けた。その中で、人の気配が無いにもかかわらず、何かがうごめく様な物音を耳にした。

連絡通路(ワープホール)が此処に有って、中継地点に複数の廃墟が使われている……そう考えれば、辻褄は合いますよね」
 矢城は薄暗い茂みから武寿賀へと視線を動かした。
「そうですね……しかし、踏み込めますか。この林は手入れが酷く悪い様ですから、何処に何が居るか分かりませんよ。それに、いきなり踏み込んで蜂の巣を突く様な事になれば、被害が出るでしょう」
「それじゃあ、張り込みをお願いするしかないわね、夜中に」
 望月は肩を竦めて見せた。
「今は特別機動捜査隊に居る深森さんなら、上空への退避も出来るし、夜目も利くわ」
「しかし、彼女が非番だとその作戦は使えませんよ」
「それじゃあ、相談係の山猫獣人(リガス・サテュロス)の速見さんは?」
「適任と言えばそうですが、もし魔狼(カタラリコス)までこちらに居るとすれば、彼女の足を以てしても逃げ切れませんよ」
「それじゃあ……」
 望月は考えに行き詰まって口ごもる。
「我々で対処するしかありません。特別機動捜査隊に協力を要請し、襲撃された場合には応戦する……此処に連絡通路(ワープホール)が有るとすれば、夜半に出入りが生じるでしょう。まずはそれを突き止め、もし、連絡通路(ワープホール)が有るのであれば、エザフォスで対応出来る者を、戦支度させた上で遣わすしかありません」
「それこそ、俺の役目だな」
 武寿賀の言葉に呼応する矢城を、望月は不安げに見遣る。
「ホラニアス殿にも協力を求めますから、貴方の知らない土地に出ても構いませんね」
「あぁ。それで、今日はこのまま張り込みにするんですか?」
「まだ日が高いですし、この範囲の捜索となれば応援の到着を待たねばなりません。多少なり準備をしましょう。申し訳ありませんが、矢城君と風見君は残って、此処の監視を続けて下さい」
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