星間伝令

文字数 1,196文字

 奥多摩の山中に在る廃工場周辺に動きは無く、元より人が近付く様な場所でもない為か、この日、警備の人員を減らすようにと上層部から通達がなされた。
「本当は、満月の重なる日が一番危ないっていうのに」
 その通達を一足先に聞いた望月は眉を顰めた。
「しかし、協力無しに踏み込むわけにもいきませんし、中つ国(アステクシア)の様子が分からないのであれば、ドローンの出動を要請して、様子を見るほかありませんよ」
 武寿賀の言葉に望月が深い溜息を吐くと、何者かが係長室の扉を叩いた。
「どなたですか」
「吉備津よ、入らせてちょうだい」
 許可を得る間も無く、吉備津は扉を開ける。そして、其処に居るのが武寿賀と望月である事に安堵した様に口を開いた。
「星子さんから連絡が有ったわ、今箱根のふもとらしいんだけど……北のエルダールが軍勢を組織し、オークを掃討する、貴方にこれを伝えてと」
 望月と武寿賀は目を瞠り、顔を見合わせる。
「奥多摩のオーク、これ以上の心配が無くなったようですね」
 その言葉に、吉備津は首を傾げた。
 武寿賀はそんな吉備津を応接セットのソファに座らせ、奥多摩の山中に出現した連絡通路(ワープホール)中つ国(アステクシア)の北部と連絡した出口である事、その土地には今、多くのオークが居り、土地を治めるエルダールの領主は冷酷な性格であり、地球にオークを送り込んで、オークと結託したアネールとの戦争を回避する可能性が有った事を語った。
「しかし……どうしてあの冷酷当主が戦争をしようと思ったのでしょうかねぇ……」
 武寿賀が首を傾げるとほぼ同時に、係長室に有ったファクシミリが受信を告げる。
 プレビュー画面を見ると、発信元は箱根の旅館であり、便箋の一枚目にはアステーリアの署名が有った。
 詳細の報告だろう、と、武寿賀はそれらを印刷する。
「……南の領主の御子息が、特別な贈り物をして、北の領主を懐柔した、と」
 望月は目を丸くした。
「あの、偏屈者(ピスマタリス)で知られた、ご子息が?」
「その様ですね……まぁ、北の当主も似た者同士、分かり合うところが有ったのかもしれませんね」
 武寿賀は穏やかに笑う。
「とはいえ、あそこに潜伏先がある以上、ドローンの配備だけは要請しておかなければなりませんね。それに、掃討作戦で静寂の森(ヘシソダス)からあそこに出てしまう者が現れるかもしれませんし、警戒する事に越した事は有りません」
 武寿賀は釘を刺す様に吉備津を見た。
「上の方との折衝は、貴方の役目ですからね、室長殿」
 吉備津は溜息を吐く。
「分かってるわ。出来る限りの事はするわ……」
 出された紅茶を飲み干し、吉備津は立ち上がった。
「さて、我々も朝礼をしなくてはなりませんね」
 この時、武寿賀は心の底で願っていた。
 このまま、何も無いまま、日常が続き“終幕”を迎える事を。
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