幸せの形

文字数 1,433文字

 食堂の中、相談係の柏木は上司を前に宣言した。
「辞めさせていただけないのでしたら、夫と二人で故郷に帰ります」
 相談員として長年勤めていた彼女は自分の夫を人質に、退職を迫っていたのだ。
「妊娠したのはあなたで、旦那さんは関係無いでしょ?」
「関係無い? またまた、冗談を言うのは止めて下さい。彼はこの子達の父親ですよ?」
「でも、子供が居るのはあなたの方だし、別に辞めなくたって」
「人間にエルダールの子供を預けられるとでも? もう、冗談は顔だけにして下さいな」
「いい加減にして!」
 相談係の係長は机を叩いた。
「育児休暇ならきちんと用意があるし、託児所だって産院だって有るっていうのに、どうして辞めなきゃいけないのよ!」
「子供一人産む事がどれほどの事か、貴方も子供が居るなら、分かっているでしょう? まして私の中には二人居るんですよ? 私が生きてこの子達を育てる事が出来ると思います? それなのに、貴方達は夫の転属も認めない、私の退職も認めない、人間というのは、そうも残酷に他者を使役する生き物でしたっけ?」
「こっちだって人手不足なのよ? あなただってそれを分かってるんでしょ?」
「一人の補充も出来ないほど職員が集められないのは、貴方が信頼に足らないからではありませんか?」
「もう一度言ってみなさい!」
 金切り声を上げた係長が机に身を乗り出した瞬間、後ろからその肩を掴む手が伸びた。
「お辞め下さい、森下係長。上司たるもの、みっともない」
 森下が振り返った先に居たのは、狼獣人(リコ・サテュロス)の混血者で特別機動捜査隊所属の黒井だった。
「係長殿は種族の区別をしないと評判ですが……いくらエルダールとはいえ、肉体が損傷すれば死に至りますし、人間でさえ子供を産むのはいまだ命がけの事……多産で安産な獣人と子供が生まれる事の少ないエルダールを同一に考えるものではありません」
 森下は舌打ちする様に肩を振って黒井の手を払う。
「それと、柏木隊長の事ですが……連休明けの再編成で猪戸副隊長が残り二年半の任期満了まで隊長に昇進する事が内々に決まっています。実地経験豊富で物分かりのいい隊長なら、どこの部署でも務められるでしょう。必要が有れば、俺からも推薦します」
 心底苛立った様子で森下は黒井を睨む。だが、黒井はそれを意に介さず、柏木を見た。
「こんな者に付き合っていては子に障ります」
「それじゃ、後はお任せするわ」
 柏木は肩を竦めて席を立つ。
 そして、そんな様子を遠巻きに眺めていたのは、草薙だった。
「双子ちゃんかぁ……いいなぁー……」
「……センパイ?」
 遠くを見る様に呟く草薙に、その向かいに座る猫獣人(ガタ・サテュロス)漁利(いさり)は首を傾げた。
「あ、うん、何でもないよ!」
「そう、ですか……それはそうと、後輩が結婚するんですけど……ウェルカムドール、センパイならどっちがいいと思います?」
 漁利はスマートフォンを取り出し、写真を草薙に見せる。
 草薙はそれとなく視線を逸らし、写真をまともに見ようとしなかった。
「二人とも犬獣人(スキロ・サテュロス)だから、犬は確定なんですけど……やっぱり、ヴェールかぶってる方が花嫁さんっぽいですかね」
「そ、そうだね!」
「私は白い犬に白いドレスは味気ないかなーって思うんですけど……後輩に伝えておきますね」
 漁利は草薙にどことなく違和感を覚えながら、スマートフォンを引っ込めた。
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