迫られる決断

文字数 1,073文字

 アネミースは突然訪ねてきた望月の表情を見るなり、何も言ってはならぬと口留めをした。
 そして、正午前から店を開けているカフェへ彼女を連れて行った。
「あの、ホラニアス様」
『良からぬ事を話すなら、雑踏の中で適当にするべき、そうだろう?』
 アネミースはエルダールの言葉で彼女に語り掛けた。
 それは、地球の言葉で語ってはならぬという合図であった。
『……良からぬものを、見聞きしたのだろう?」
 まるで、昨日何を食べたのかと尋ねる様な調子で彼は問い、ティーカップを手に取った。
 望月は目を伏せ、黒い影を見たとだけ言った。
『ならば尚更、此処の言葉で語るべきではない』
 アネミースは何食わぬ表情でサンドイッチを取った。
 望月もまた、生の野菜を挟んだサンドイッチを取る。
『黒い影がどこから起こった物か、もう、分かっているのか?』
 望月は何も言わなかった。その意味を、アネミースは理解した。
 あの黒い影に取り憑かれた者は、殺すしかないが、彼女はそれを認めたくないのだ、と。
 彼はサンドイッチを口にし、言葉の続きを待った。
『……それと同じ形を成し、近しい者を引き摺り込む……願わくば、嘘だと言って欲しいです」
『しかし、その様子だと、見たのだろう』
 望月はゆっくりと首を振った。
『黒い影が、実際に害を()そうとしました……でも、引き摺り込むほどの力は、まだ、無い様です』
『だが、いずれそうなるだろう』
『でも……私には確証が持てません……もしそれがそうだったとして、私には……』
『エピスタニスは?』
『所用で此処を離れていて、母も同じです……今は知る者に(るい)が及ばぬよう、清浄の光を灯しているのですが……』
 望月の困り果てた様子を見かねる様に、アネミースは両手の指にそれぞれ填めていた指輪を外す。
『魔獣を退ける力を持った指輪だ。二人のニンフに持たせておきなさい』
 望月は顔を上げ、アネミースを見た。
『純血のニンフは最初の餌食になる。サテュロスやイカリアスの事も心配だが、持ち合わせが今はこれしかない……今の内に確証を持て』
『でも、それが出来たとして……私には、出来ません』
 首を振る望月を諭すように、アネミースは続けた。
『お前さんがする必要が有るかどうかは、まだ分からないだろう? あまり時間は無いだろうが、今出来る事は確証を掴む事だ。いいな?』
 頷くまま、望月は俯いた。
『……紅茶が冷める前に食べなさい』
 彼女の(はや)る気持ちを見透かしたかの様に言い、彼はふたつ目のサンドイッチを手に取った。
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