光と闇の歴史

文字数 2,686文字

 襲撃の有った公園は民家から離れており人通りの少ない場所ではあるが、周囲にオーク達の根城になりそうな廃墟や茂みは無かった。
 一夜明け、武寿賀はオークが一晩で行動出来る範囲を推定し、その範囲に有る廃墟や人気の無い森林を洗い出し、其処に潜んでいる可能性が高いとして風見と天野に調査を指示した。
「イティメノスが居るってのが厄介だな……あいつらは魔法を使う上、元がエルダールだけにミスリルが反応するのも遅い」
「武寿賀さんが言ってた通りなのか」
「あぁ。長らく自由の(エレフセリナス)の国で傭兵をやっていたが、イティメノスは数こそ少ないが厄介だった」
 護衛役として呼ばれた特別機動隊の矢城(やしろ)は、昼間でも人気のない路地を進みながら、オークについて語る。
「あの……ひとつお聞きしてもいいですか?」
「なんだ?」
「オークって、喋れるんですか?」
 天野の問いに、矢城は怪訝に眉を寄せる。
「い、いえ、その、今朝は指示を受けただけで、係長には質問出来なくて」
 あまりにも当然の事を聞いてしまったのかと、天野は慌てて取り繕う。
「確かに、あいつらは喋る。だが、言葉はアネールやエルダールの言葉を崩した物で、響きは悪く語彙も少ない。言語による指揮は出来るが、細かな作戦が遂行出来るほど意思疎通が叶うのはウルクとイティメノスだけだ。最下位で奴隷や捨て駒の兵隊として使役されているスナガはその場で指示をしなければ忘れるのが早く、下級オークも基本的には簡単な指示にしか従えない」
 天野は息を呑んだ。同じオークでも、言葉が通じるか否かに、差があるのか、と。
「それと、俺達エルダールやアネール、それに準じた種族は連絡通路(ワープホール)を通して此処に来る時、何らかの力によってこの土地の言葉を話せる様になるが、オークどもがその影響を受けたかどうかは定かではない。尤も、俺は奴らの言葉の性質を多少は理解している分、奴らの指示を盗む事も出来るし、イティメノスの使う崩れたエルダール語も理解出来るが……話したところで、なんになると思う?」
「え……」
 矢城は冷ややかな眼差しで天野を見遣る。
 天野はその眼差しに射抜かれ、すぐに声が出なかった。
「その……もし、話が通じるのだとしたら……この国のというか、この星のルールを教えられないのかと思いまして……」
 矢城は静かに息を吐き、足を止めると、傍に有った駐車場の柵の上に腰掛けた。
「天野君は此処の生まれか?」
「いえ、出身は山梨の」
「そうじゃない。君は地球(このほし)の生まれか」
「……はい」
「オークと呼ばれる種族の成り立ちについては、聞かされていないんだよな」
 不勉強を責められている様な感覚を覚え、天野は消え入りそうな声で答える。
「はい……」
「なら、教えておく必要があるだろう……風見君も、イティメノスについては詳しく知らないだろう?」
「あ、あぁ……」
 矢城は春霞の空を見上げ、口を開いた。
 彼の言葉によると、地球人が呼ぶケプラー777を示すエザフォスという名称は、そもそもケプラー777に住む種族がその星にあるある大陸を示す言葉で、その大陸と地球が連絡通路(ワープホール)でつながった事から、地球人はケブラー777をエザフォスと呼び始めた。
 そのエザフォスにおいて、ケプラー777という惑星はその星に住まう種族が考える世界の概念そのものであるコズモース呼ばれている。そして、その世界の成り立ちで最も古い種族はコズモースの天地を定めた創造者達(ディミオルゴース)であり、彼を含む星の民(エルダール)は彼等によって造られ、世界を構築する事を定められた種族である。
 エルダールの世界が構築されると、役目を終えたディミオルゴースは地下の民となり、地上の世界から姿を消した。そして、地球の人間に近い種族であるアネールや、獣の性質を持つ獣人(サテュロス)を作り、天地だけが定まっていた世界をそれぞれに発展させた。
 やがてディミオルゴースは地下深くに眠る概念、アネルにとっては神となったが、眠らなかった神がひと柱だけ残ったという。
 そのひと柱は、アネールが神と崇める世界の天地を想像したディミオルゴースであっても、最初に世界に現れた神によって作られ、使役されるだけの存在であると劣等感を抱き、更に下位にあって世界を作ったいくつもの種族を恨んだ。そして、眠らなかったそのひと柱は全ての破壊を目論(もくろ)み、闇の民(スコタディノス)を造った。
「その闇の民(スコタディノス)こそがオークの源流だ。闇の民(スコタディノス)を造った、眠らなかったディミオルゴースは悪意(カキアス)と呼ばれ、カキアスは星の民(エルダール)を闇の世界に引き摺り込んだ。闇の世界で星の民(エルダール)は死ぬ事が出来ず、光の絶えた檻の中で次第に醜悪な姿となり、闇の民としてカキアスの手勢に堕落した」
「つまり、最初に生まれたのはイティメノスって事か」
斃された者達(イティメノス)と呼ばれる所以(ゆえん)が分かったか?」
「あぁ……」
 風見は眉を顰め、矢城を見遣る。
「だが、どうしてエルフに由来するオークに、下等種が生まれたんだ?」
「世代を重ねる毎に彼らは星の民(エルダール)としては劣化し、闇の民(スコタディノス)としては進化した。光と闇が相対する存在である様に、星の民(エルダール)が美しく博識な種族として繁栄するのであれば、闇の民(スコタディノス)は醜悪で凶暴な種族として繁栄する……そういう事だよ」
 風見はふと、黙って立ち尽くす天野を見た。
 天野は青白い顔で、アスファルトの地面を見つめていた。
「おい、大丈夫か」
「……したのは」
「え?」
「昨日、殺したのは、元はと言えば……同族の、エルフだったって、事、ですよね……」
 昨夜の仔細を知らぬ矢城は風見を見た。
「もしや、戦闘現場に彼が?」
「あぁ……」
 風見の返答に矢城は眉を顰め、僅かに考えた後、口を開いた。
「地球人の君にはよく分からない事で、星の民(エルダール)闇の民(スコタディノス)は一連の同族に思っていて、話せば分かるとでも思ってるんだろうが……考えを改めろ。一度黒に染まったものは白に戻せん。奴らは俺達星の民(エルダール)にとっても滅するべき存在だ。何より……今も斃された者達(イティメノス)は生まれ続けている。カキアスを消し去る事は出来ずとも、手勢を()いで封じ込めなければ、地球(このほし)までお終いだ」
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