災厄の魔の手

文字数 1,888文字

「確かに、不穏な影が通り過ぎたような気配は有った……でも」
 歩くままに二人が辿り着いたのは、あのレストラン。
「此処にも、その気配が残っている」
 二階の窓際の席で、明星は訝しげに周囲の客席を見遣った。
「共通して立ち寄ったのは、黒井さんと瀬戸さん……ねえ、朝、執務室でも同じ気配がした?」
「そう言われてみればそうかもしれないが、あの建物自体、不穏な物が満ちている様ではっきりとは分からない……」
 明星が考え込んでいると、ウェイターとは違う制服の男が二人の席にやってくる。
「お二人が特別調査係の人か?」
「係長殿から聞いていた鵺田さんが貴方かしら」
「あぁ」
 鵺田は苺のジェラートを机に差し出す。
「だったら、彼がその特別調査係ただ一人の特別捜査官。私は調査係に新しく入った捜査官」
「そういう事ですか……ま、今日はこれと言って言う事も無いから、挨拶だけだな。何かあったら、その時は伝えるよ……ごゆっくりどうぞ」
 去っていく鵺田を見遣りながら、白銀は溜息を吐いた。
「ひとまずこれを食べて戻りましょう」
 二人が苺のジェラートに手を付けていると、火災報知機の警報音と悲鳴が響いた。
 名声は辺りを見回して呟いた。
「下の厨房だな」
 ウェイターの避難誘導を待たず、二人は階段を駆け下り、厨房の見えるカウンターを覗き込む。すると、脇からウェイトレスが飛び出してきた。
「何が有ったんですか!」
「い、石窯から、石窯から火が!」
 悲鳴を上げながらウェイトレスは白銀の足に縋りつき、山田と石井がとうわ言の様に言いながら、そのまま倒れ込んでしまった。
 立ち込める鼻をつく臭いには、肉の焦げた様な酷い異臭が混ざっている。
「こりゃ死人が」
 明星が言いかけた時、突如として赤い龍が彼の視界を横切った。
「炎の化け物か!」
 その炎は明らかに意思を持ち、其処に居る人型の物を襲っているらしい。
「フォティア!」
「何を!」
 明星は炎の魔術を発動させながら、カウンターを乗り越えて厨房へと侵入する。
 石窯の付近には、既に事切れたふたつの影が有った。
 そして、二人を殺めた赤い龍の如き炎は、蛇の様にうねりながら明星に迫る。
「フローガ!」
 呪文と共に明星の手から起こった激しい炎が、うねる赤い龍を食い尽くす。
「パゴス!」
 彼の炎が竜を食いつくした瞬間、凍てついた魔法が起こされ炎は消え、黒く焦げた惨劇の現場だけが残される。

 消防隊が駆け付けた時には、既に炎は消え、黒く焦げ付いた厨房には事切れた二人の亡骸だけが残されていた。
 明星と白銀は消防隊に所属を名乗り、人間の常識の範囲で起こった事を説明した。人間の常識が通用しない事は、通用する相手に報告すればよい事だ、と。
 倒れ込んだウェイトレスが救助される共に、二人も店の外に出た。
 消防が鎮火を確認すれば、自ずと警察も到着するだろうと二人が待って居ると、見覚えのある男が規制線の向こうで騒いでいた。
 二人はその男、鵺田に何が起こったかを告げる。そして、誰か巻き込まれてないかと問われ、白銀は眉を顰めた。
「残念ながら、若い男の人らしき亡骸が有った。おそらく、石窯から吹き上がった炎の化け物にまかれて即死だ」
 明星は見たままの事を伝え、鵺田は膝から崩れ落ちるまま座り込む。一階の厨房に居た若い男は二人だけ。それも、彼の良く知る男が二人だけだったのだ。
「貴方の運がいいのか、あの化け物の運が悪いのか……」
 鵺田の足元に転がるのは、コーヒー豆の袋。夜の営業中に底を尽きそうなほどに消費されていた為、夕方の営業に引き継ぐ前に買い足そうと出て行った彼は結果として難を逃れた。 
「一体、どうして……」
「分からない。でも、確かに私達は見たわ、意思を持って動く、炎の龍を……何か妙な事が、今までに有りましたか」
 白銀の問いに、鵺田は暫く黙り込んでいた、だが、ふと口を開いた。
「そういえば、あの二人……連休前に、揃って北海道に旅行を……そこで、妙な女と会ったって話してたっけ……」
「妙な女……」
「二人とも……格闘技が好きで、最近、上京してきたんで、世話をしていたんだが……」
 白銀は表情を険しく歪め、鵺田を見た。
「鵺田さん、暫く東京を離れて下さい」
「え……」
 困惑に目を泳がせながら、鵺田は白銀を見た。
「これ以上何かがあってからでは取り返しがつきません。こちらの事も心配でしょうけど、当分此処には近付かないで下さい……災厄が撒き散らかされてしまっている今、出来る事は、それくらいしかありません」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み