間の悪い出来事

文字数 1,371文字

 いつもよりも少し早い朝、係長室の狭いソファで一夜を明かした瀬戸と天野の表情には、疲労が張り付いていた。
 醍醐も吉備津と共に早朝から家を出ており、不安で眠れなかった事も相まって疲れを隠さない表情で座っていた。
 そんな中、望月は係長室で風見に事情を説明し、今朝は何事も無いふりをして朝礼をする事、昼前には武寿賀が戻ってくる事を伝え、執務室に向かった。
「おっはよー!」
 いつも通りの、何も変わらない様子で、草薙は執務室に入った。
「おはよう、獲夢(えるむ)ちゃん」
 醍醐は不安と疲れを誤魔化す様に笑った。
「あれー? みんな早いねー」
「今日も天野さんと醍醐さん、それに風見さんと瀬戸さんは外に出ますから」
 望月は祈る様に笑って、草薙にも紅茶を出した。
「それじゃ、朝礼を始めるわね」
 望月は何食わぬ顔で、エザフォスからの植物の持ち込みに関する規制の周知と、実態調査に関して報告を述べる。
「特に、移動販売で特定の店舗を持っていない雑貨店やお弁当屋さんなんかは、情報を集めていても見落としている可能性が有るから、注意して下さい。それじゃ、私と草薙さんは待機ね」
 望月と草薙を残し、四人は半ば逃げる様に調査へと外出した。
 その背中に、望月の無事を祈りながら。

 黒い影の気配は見えないまま、朝の日が少し高まった頃、内線が望月を呼ぶ。
「はい、こちら亜人相談室調査係……か、係長?」
 発信元は武寿賀で、彼は昨夜の内に鉄道で都内に戻っていたという。だが、それはあの奥多摩のオークに動きが有った為だった。
「青梅警察署が全面的に協力するとの事ですので、これから掃討作戦に出ます。本庁特別機動捜査隊には既に連絡しておりますので、間もなく廃工場へ踏み込みます。私自身も陣頭指揮に出ますが、矢城君には残るよう命じましたので、何かあれば彼に」
 望月はその言葉の意味するところを理解し、心臓を鷲掴みにされた様な動悸を覚えた。
「……分かりました、では、お気を付けて」
 手が震えそうになるのをこらえながら、望月は受話器を戻した。
「係長から? どうかしたの?」
「あ、ええ。あの奥多摩の連絡通路(ワープホール)の件で、廃工場に居た奥が動き出したらしくて、これから掃討作戦なんだって」
「え、じゃあ!」
 出動だと思い、立ち上がろうとする草薙に、望月は引き攣った苦笑いを浮かべる。
「今回は本庁の特別機動捜査隊と、青梅署で対応出来るから、私達は待機よ」
「じゃあ、なんで係長だけ」
「係長は本物のオークをよく知っているし、エルダールの力で押さえつける事が出来る、専門家であり用心棒みたいなものなのよ」
 出動が無く、つまらないと言った様子で頬杖を突く草薙に、特段変わった様子は無かった。
 そんな中、再び内線が望月を呼んだ。
「はい、こちら」
「あ、望月さん? 相談窓口の安田と申します。実は、ニフテリザの鵺田(ぬえだ)さんが、調査係の方にと」
「またガーゴイルが?」
「いや、吸血鬼(ヴァリコラカス)がどうって」
 望月は心底、こんな時にどうしてだと思いながら、分かりましたと返答する。そして、振り返って草薙を見た。
「ちょっと鵺田さんに会ってくるわね」
「いってらっしゃーい」
 何も起こらない事だけを祈りながら、望月は相談室へと急いだ。
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