後悔は経験次第

文字数 2,012文字

 矢城はグラスに口を付け、静かに語り始めた。
「俺が生まれたのは、中つ国(アステクシア)の西の外れにある土地だった。親父は海の見える丘の上に館を構えていて、領地はそう広くないが、食うには困らない暮らしをしていた……だけど、西方の果てにある黄泉の国に呼ばれる様に、歴代の当主がそうであった様に、親父は後妻とその娘を連れて、早々に西方へと行っちまった」
 天野はエルダールがどの様にして制を終えるのかを知らない。ただ、西方の果てにある黄泉の国というのが、死後の世界である事は理解出来た。
「でも……俺はまだ見て見たかった。広い世界を……しかし、皮肉な事に、そうせざるを得なくなるのに、時間は掛からなかった。家臣の一人が野心家で、親父が居なくなった後、館の事を取り仕切る様になって……ある夜、俺は黒い影に追われるまま、着の身着のまま館から放り出されてしまった……その時思ったんだよ、力こそ全てだ、と」
「だから、矢城さんは、あんなに強いんですね……」
「そうなった、いや、そうなるしかなかったのかもしれないな。館を追われた俺は、南のエルダールを頼って、其処で武器の扱いを教わった。ただ、南のエルダール達にも生きる事への絶望は蔓延していて、最後の頼みだったプラティーナの当主は俺に構うほどの余裕が無く、北の国のエルフを頼る様に勧められた。北の国は暗黒の岩山も近く、常に軍隊を抱えていたからな。とはいえ、其処の領主は恐ろしく残酷だから、頼ったはいいが、軍の雑用を押し付けられて酷い目に遭った……うんざりして、ある日、俺は中つ国(アステクシア)を離れたんだ。アネール……地球人に近い種族の土地に渡って、其処で用心棒の様な仕事を始めた」
「でも……どうして、用心棒だったあなたは、あんな恐ろしい道具を使うようになったんですか」
「エルダールには寿命が無いし、歳を取るという概念も無いに等しい……殺されない限り、いくらでも戦う事が出来る。そうやって何度も繰り返し戦う内に、敵を倒す事に慣れて、魔法を使うという事も出来る様になった……エルダールは誰しもが魔法を使えるわけじゃないんだが、それでも、だ」
 天野は息を呑んだ。寿命が無いというなら、彼は今、幾つなのだろうか、と。
「結果として、そうやって何度もいろんなものと戦う内に、傭兵としてあの北の館に戻る事になった。大金と引き換えに命を懸ける傭兵は、館に仕える家臣とは扱いがまるで違ったよ。その分、常に殺される事と隣り合わせだったがな……ただ、それも長続きはしなかった。俺は……西の丘の上の館を取り返したかった。ただ……俺が戻った時には、俺を追放した謀反者(むほんもの)は、その手下に裏切られて殺された後で、手下達は仲間割れをして散り散りになり……残されていたのは、俺を裏切ったかつての家臣の残党と、謀反者の妻子だけ……戻った時には、家臣全部に暇を出して、もう一度館を立て直すつもりだったが、今更此処を出る事は出来ないと、小さな双子を抱えた女に泣き付かれて……全部嫌になっちまった」
「そんな……」
「正統な当主として、家臣に暇を突き付けた。それが俺の復讐。残された哀れな妻子には、子供が育ったら光の平野(フォスペディアダ)のエルダールを頼る様にとだけ言って、館の世話の為に下女を雇い、農地の世話をさせる為にアネールの豪農の次男坊に、館の離れと、いずれ子孫が国に戻ったら商売が出来るほどの金を渡して、俺は地球(ここ)に来たんだよ……なあ、天野。お前は、どうして警視庁(ここ)に来たんだ」
「え……」
 唐突な問いに、天野はただ矢城を見た。
「俺は戦う以外に出来る事が何も無い。ただ、俺はこの世界をもっと見てみたいと思って此処に来た。だから、俺は此処で公儀に雇われた傭兵になった……俺が最初に殺したのは、相手を殺す事も厭わない盗賊の一人だった。相手は何人も殺してきた手練れで、顔を合わせた瞬間、こちらが殺されるかあちらが死ぬかしか未来の無い相手だった……それでも、殺した時には後悔したよ。なんたって、俺は正義の為ではなく、雇われた兵士として、地球人にすれば人間に等しいものを殺したんだからな。ただ、それでも俺はそれで対価を受け取り、自分の存在価値にしてきたんだ……なぁ、お前は何の為にあのオークを殺したんだ? 考えてみろ。それが答えだよ」
 矢城は少し温くなったビールに口を付ける。
「……矢城さんは……その、最初に人を殺した事、今でも、後悔していますか?」
「してない」
「それが、お金や名誉の為でも、ですか?」
「あれは殺すしかなかった……何度も同じ様な相手をねじ伏せたら分かったよ。あの相手は、殺さなければ俺が死んでいたし、何より、他の誰かが死んでいた、とな……場数を踏めば、おまえもおのずと分かるだろうよ」
 矢城はそれ以上の返答を拒むかの如く、手鞠寿司の様な握り飯を頬張った。
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