奇妙な死体と不吉な伝承

文字数 1,443文字

 騒動から丸一日が過ぎ、事後処理も終わって全員が集まったこの日、黒井は物置部屋だった部屋を訪ねた。
「えっと、黒井さんでしたっけ?」
「はい」
「で、何の御用かしら」
吸血鬼(ヴァリコラカス)について、何かご存じなら、聞かせて頂きたいと思い」
「それじゃ、控室の方に行きましょう。他の方にも聞いて頂いた方がいいわ」
 茶色いオーバースカートの下の淡い萌黄色のスカートを翻し、白銀は部屋を出る。
 そんな彼女の纏う空気に、黒井は土の匂いを覚えた。
「中に観葉植物を?」
「実用の方よ」
 黒井の問い掛けを不愛想に(かわ)しながら、白銀は執務室へと入る。
「あ、おはようございます」
 二人を出迎えたのは天野だった。二人は挨拶もそこそこに腰を下ろす。
「それで、吸血鬼(ヴァリコラカス)の何を知りたいの」
 金色の眸を向けられ、黒井は前置き無しに語り始めた。
「一昨日発見されたニンフと人間のハーフは、頸動脈付近の肉を食い千切られており、血液はほぼ吸い尽くされていました。また、食い千切られた部分の肉片は発見されておらず、被害者に噛み付いた者が食った可能性が高いとみられています……これは吸血鬼の吸血に合致していますか」
「違うわね。まず、吸血鬼(ヴァリコラカス)は肉を食わないわ。彼等は他の種族の生き血を糧とするけれど、それ以外には興味が無い。地位の低い者は生き血に似た獣の肝や卵も食べるし、地位の高いものはベリーやワインを口にする事はあるけど、吸血の為に肉を食べる事はあり得ないわ。それに、死体が見つかったのは人気の無い場所とは言え、騒がれれば見つかる様な場所……捕らえた獲物は何度かに分けて吸血する傾向にあるし、生かさず殺さずに餌として確保しておく事だってあるの、一度に血を吸いつくす事も有りえないわ。それと、邪魔をされる可能性がある場所でいきなり吸血することは稀よ」
「切羽詰まったところで食い散らかしたとは」
地球(ここ)に居る吸血鬼(ヴァリコラカス)どもは組織的に違法な売春をしているんでしょ? だったら統制されているはずだから、不作法で処罰される様な吸血はしないはず。現に、衰弱した女性が何人も保護されたとはいえ、死んだ者は居ないんでしょ?」
「確かに……しかし、集団を外れた者や、こちらに偶発的な渡航をした者はどうでしょう」
「偶発的な渡航者が街中に来るまでには、郊外に被害者が出ているはずよ。集団を外れた者が居るとしても、街で生きていたならそれ相応の捕獲をすると思うけど……吸血鬼はろくでもない連中だけど、その生態が生態だけに、口が上手くて獲物を捕らえるのが上手いのよ」
「では、他に、肉や生き血を食らう種族が居ますか。例えば、吸血鬼と獣人の混血など」
「そうね、確かにいい考え方だけど、吸血鬼(ヴァリコラカス)としての性質が薄れているなら、普通に肉を食うでしょうし、生き血にこだわる必要は無いわ」
「では」
「あまり考えたくないし、口に出すのも(はばか)られるけど……とても”良くないもの”が居るのかもしれない……」
 白金は眉を顰めた。
「先頃起こった、あの化け物の様な?」
 白銀は首を振った。
「まだ分からないけど……私達の世(コズモース)に伝わる悪いものがある……それに似ているの。同じ様な形を成しながら、同じではない“それ”は、私達と同じになる為に、肉体をかき集める……それに似ている……後は武寿賀さん辺りに聞いてみるべきね。まだ、私には分からない」
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