ドワーフの里の星空の下

文字数 1,845文字

 屋根に登って見る満点の星空もこれが見納めだ、と、彼は空を見上げる。
 そして、思いを馳せた。
 人間は、限りない星空を追い求めて宇宙へと進み、観測衛星を打ち上げた。しかし、それはある日交信を絶ってしまった。
 最後に、その当時最速の衛星を飛ばしても、一億年は掛かるであろう遥か彼方にある星の存在を伝えて。
 ――アポロニア銀河。
 あの衛星が交信を絶ってから後、存在が確定した別の銀河系だ。
 驚くべき事に、その銀河系は太陽系とごく近しい構造をしており、惑星には生命が存在しているとされた。
 だが、あの時消息を絶った観測衛星が、微かに捉えただけの青い星が、何故、ほんの数年後にははっきりと捉えられたのか。説明出来る方法はただひとつ、その銀河系が、太陽系に接近していたからだった。
 そんな太陽系によく似た銀河系の存在は世界中を驚かせたが、生命の存在に関しては、あまり驚きをもって受け止められなかった。
 既に、地球外生命体が居たのだから。
 それは、日本が三度目のオリンピックで大騒ぎをしていた頃の事。始まりは数百年の沈黙を破り、富士山が激しい噴火を起こした数年後の事だった。まだ入山規制の続いていた富士山の山頂付近で遺体が発見されたと騒動が起こったのだ。だが、それは遺体ではなく、かなり精巧に作られたリアルドールで、かなり小さな操作機構の様な物まで備えられていた。
 これは宇宙人の乗り物ではないのか。世の中は色めき立ち、世界中がひっくり返るほどの騒動が起こった。果てには海外で殺人事件まで起こり、犯人は被害者を宇宙人だと言って殺害し、宇宙人の存在を確かめようとしたのだと報じられた。
 日本には宇宙人が居る。そんな混乱の中開かれたのが、第三回東京オリンピックだった。各競技会場では人間に対する金属探知検査が行われるなど、テロ対策とは別の奇妙な検査が行われていた。
 そして、事件はそんな喧騒と混乱の裏で起こった。
 ある日の事、手のひらサイズの宇宙人が交番に出頭したのだ。
 当初は人員不足で勤務時間が超過していた巡査の見間違いとされたが、同様の事例が無関係の土地で発生し、オリンピックの喧騒と混乱の中、世界は宇宙人の存在を認めざるを得なくなった。
 オリンピックの熱狂の裏で、宇宙人を探し求める世界中の人間が手のひらサイズの宇宙人を求めて日本に殺到したのは言うまでもないが、多くの競技が終了し、帰国する観客の波と、パラリンピックに向けて来日する客が空港に到着する中、政府に関係のない人間はごった返す空港で足止めされていた。
 一方、政府関係者もオリンピック特需で増便された飛行機の隙間を縫っての来日には苦心し、運よく政府関係者に接触出来た関係者も、アメリカとの関係や宇宙開発を譲れない日本の都合から体よく追い返され、帰国するにも混雑する空港で待たされる羽目になっていた。そして、無事に入国を果たした宇宙人を求める外国人達も、リアルドールの発見された山を目指しては入山規制や装備の不備から登山に至らず、ごった返す空港へと戻る事となった。
 そんな中、日本と同盟を組む数か国の思惑の為に保護された宇宙人は日本の防衛当局に対し、自分達は崩壊が始まった銀河系を逃れ、浮遊型の要塞で果てしない年月宇宙を彷徨っていたと語った。そして、富士山の噴火で混乱していた頃の日本に降り立ち、人の立ち入らない廃道の先や廃村に拠点を構え、人間の中に溶け込む方法を探していたと言う。
 宇宙開発を進めたいアメリカは、彼等を手厚く保護する事を約束すると言って半ば日本に引き渡しを要求したが、日本政府は人間社会に溶け込もうとするあまり玩具の様な外見に進化し、生活出来るだけの土地があればいいと語った彼等は自分達が保護すると宣言した。
 アメリカは大層不服を述べたというが、これ以上騒ぎに巻き込まれたくはない日本と不必要に人間と関わり合う事を避けたい宇宙人の利害は一致し、小さな宇宙人達は人間の放棄した辺鄙な土地に定住する事となった。
 ――宇宙人の里ともお別れかぁ……。
 彼は星空の下に広がる奥深い森の中に思いを馳せた。
 思い返せば、彼等は台風の時に土砂崩れを恐れて小型の浮遊要塞に逃れた結果、風に煽られるまま要塞が役場の屋上に食い込んだ事も有ったなどと彼は溜息を吐いた。その事後処理に追われたのは、ほかでもない彼だったのだから。
 だが、これから彼が向かうのは、もうひとつの宇宙人、いや、亜人の巣窟である。
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