耳鳴りの正体

文字数 1,403文字

 永田町から離れた武寿賀が向かったのは、郊外にある雑居ビルだった。
 正午の日も少し傾きを見せる頃、武寿賀は吹きさらしの階段を上る。
「アネミース、居ますか」
 扉を叩くが、返事は無かった。代わりに、屋上に気配が有った。
 武寿賀は更に階段を上る。
「アネミース」
「あぁ、アスプーロ……」
 アンテナを触っていたアネミースはその手を止め、脚立を降りた。
「どうかしたのですか」
「いや、電波障害が起きたらしくて、テレビもラジオもノイズが酷いのを何とかしろって、大家が」
「酷いのは大家さんの方ですねぇ……エルフは人間の機械が専門ではないというのに」
「それは、まぁ、いいんだけど……ただ、さっきから何度も調整してるけど、ノイズは酷くなるばっかりだし、耳鳴りがする」
「耳鳴り?」
「酷く高い音が、聞こえたり止まったり」
 武寿賀は眉根を寄せる。
「中に入りませんか」
「あぁ」
 アンテナの調整を諦めた様に、アネミースは脚立を畳んで階段を降りる。
「あれ……」
 玄関先に脚立を置いたアネミースは首を傾げる。
「どうかしましたか」
「耳鳴りが止んだ……」
「え……」
 武寿賀は眉を顰めて思い出す。彼は妙な体質であった、と。
「まさか」
 武寿賀はアネミースを見遣る。アネミースはそれに気付かない様子で呟いた。
「思い出した。蝙蝠(こうもり)の洞窟でも、似た様な耳鳴りがしてた……だけど……」
 アネミースは窓の外を見遣る。この辺り一帯に、蝙蝠が生息している場所が有るのだろうか、と。
「まさか……あ、でも、あそこは……」
 窓に近付き、彼は首を傾げる。それを見た武寿賀もまた、その傍から窓の外を見遣る。
「あそこ、とは、あの病院でしょうか」
「そう。半年ほど前に廃業して、今は解体屋が車を入れてはいるけど、壊す道具を運んできただけで、まだ中身は手付かずっぽい」
「此処に来て正解でしたね……アネミース、使える弓矢は有りますか」
 アネミースはゆっくりと、驚愕の表情を武寿賀に向ける。
「アスプーロ、そりゃ、どういう意味だ?」
「私はウェスペルティーリオを探して此処に来たんですよ……やっと見つけた今、みすみす逃すわけにはいきません。それに、既に立ち入りの制限された廃墟の中であれば、生きとし生ける者の権利を矢鱈(やたら)と喚き立てる馬鹿者どもを気にする必要はありません。血祭も覚悟して下さい」
「血祭って、あんた、剣の扱いは酷い物だろう?」
 表情を歪ませ、アスプーロは武寿賀を凝視する。
「それでも、私達がせねばならない事も有るのですよ」
 アスプーロは深い溜息を吐き、壁際の棚に手を伸ばす。そして、細身の刀を武寿賀に向けて抛った。
「知恵を持つ(エピスタニス)が聞いて呆れる、無謀で豪胆な男だよ、あんたは」
「そういう貴方は、魔獣研究者という割には臆病者(ディロース)呼ばわりされて、悔しくないんですか」
「自分から、こんな耳鳴りがする様な数のウェスペルティーリオの巣に突っ込んで行くのは御免だ」
「しかし、地球の人間には魔獣退治など出来ませんからね、付き合って頂きますよ」
 武寿賀は室内にある固定電話に向かう。
「この様子では無線通信は使えないでしょうからね、借りますよ」
 代表電話番号を経由して、連絡を入れた先は警視庁公安部亜人対策室調査係。今は、望月が留守番をしているはずの場所だった。
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