悪夢の鎖

文字数 1,812文字

 空飛ぶ異形の騒動から三日が過ぎた日の昼前、武寿賀とアネミースはハンバーガーショップの一角に居た。
「丸一日、寝ずにおまえと一緒に居たのに、今度は何だ。(つね)ってくれた所、まだ痣が消えてないんだが」
「貴方を叫ばせるにはあのくらいしないと、効果が無かったでしょう?」
「自分で叫ぶという選択肢は無かったのか」
「自分の声を増幅するほど器用ではありませんからね」
 武寿賀は悪びれる様子もなく、赤い野菜のスムージーに口を付けた。
「……それで、この痣も消えない内に、次はなんだ」
「ウルク、いや、オークについて、本物を見た貴方に話を聞きたいのですよ」
 武寿賀は知恵を持つ者(エピスタニス)に相応しい鋭い眼差しを向けた。
 アネミースは眉根を寄せ、溜息を吐く様に、遂に来たか、と呟いた。
「おまえさんも知ってるだろうが、本拠地はアレスやゼウスで、最大のねぐらはヘルメスにある異形だ。その中で、今エザフォスに近い星はどれだ?」
「アレスですね。今年は特に何も収穫が無い冬に耐えかねて、多くの異形がエザフォスに流れ込んだと聞きました」
「そうだな。だが、ヘルメスはどうだった」
「ヘルメスも芳しくない様ですね。ウーロボロスが大発生して、土地が酷く荒れている様で、湿度も例年になく高かったと」
「で、そのヘルメスにも星間連絡通路が出来上がってるとすれば……直接エザフォスに行かずとも、最終的には地球(ここ)に集まってくる」
 武寿賀は連絡通路(ワープホール)から戻ったエザフォスの、星見岬(カエヴィデラ)で聞いた話を思い出す。
「しかし、貴方が結界を張った周辺に、オークの痕跡は有りましたか?」
「煮炊きをした痕跡が無いにもかかわらず、野兎の骨が転がっていた。空腹に耐えかねた個体が食ったんだろう……獣が捕食したにしては、骨が広範囲に散らばっていて、骨まで食われた様な様子さえ有った」
 武寿賀は表情を険しくした。
「その骨は、どのくらい時間が経った物に見えましたか」
「エザフォス《あちら》の天気がどうだったかが分らんので詳しくは分からないが……かなり干からびている様には見えたな」
 深い溜息を吐く武寿賀に、アネミースもまた眉根を寄せた。
地球(こちら)でも何かあったんだな」
「隣接する警視庁の管轄外地域で、年度末に起こった事件の中に未解決の婦女暴行事件や強盗致傷事件が有りましてね……強盗致傷の一件では、自転車で走っていた人間が襲われており、自転車の荷籠に掛けていた布が、尖っているものの、切れ味の良い刃物で切ったのとは違う、丁度、鉤爪で破った様な破れ方をしていたそうです」
「ウェスペルティーリオとは違うんだな」
「えぇ、上空からではなく、横から飛び出してきた何者かに襲われたとの事です。それと……婦女暴行では、猫獣人(ガタ・サテュロス)の女性が被害に遭いましたが、爪の中に残っていたのが、人間でも亜人でもない、正体不明の皮膚欠だったそうです」
 アネミースは深い溜息を吐いた。
「それで、その事件が起こったのは」
「先ほども言った通り、隣接している土地です。それこそ、先日ウェスペルティーリオを駆除した八王子から少し離れたくらいの場所ですよ」
「しかし……あの巣の中にオークの痕跡は無かった……別の連絡通路(ワープホール)を経由して、別に根城を構えたか……あの一体の廃墟をよく調べた方がいい」
「そうですね。しかし、そうなると警察官は勿論、私の部下達も、本物のオーク、ましてや上位種のウルクの倒し方を知りません」
「協力はするが、ミスリルかそれに準じた魔剣は有った方がいい。獣人(サテュロス)有翼人(イカリアス)が素手で倒せる相手ではない。あいつらは狂暴なだけではなく残忍だ、特にウルクの兵隊は敵兵を殺す事を躊躇わず、楽しみさえもする。一体を相手にするだけでも、ミスリルの剣があったところで力任せに襲われたら勝ち目が無いだろう。尤も、急所はアネルと同じだがな」
「地球人の弾丸の効果はあるでしょうか」
「ないだろうな。奴らの肌は固い。魔剣でなければ引き裂くのは容易ではない。表皮を削る事は出来ても、樹皮の表面を剥がした程度でシナモンが枯れないのと同じだ」
 武寿賀は僅かに沈黙し、今の会話は忘れておいて下さいと言ってハンバーガーの包みを開いた。
「この一件が片付いたら、野兎の料理でも食べに行きましょうか……」
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