初めて来た場所で

文字数 1,233文字

「あ、おじいさま。こんな所に居たの?」
「散歩のついでですよ」
 数軒のテイクアウトカフェが並ぶ通りを歩いていたのは、雪の様に白い髪のエルダールだった。
「セレーニアこそ、今日は出勤ではなかったのですか?」
「お昼ご飯の買い物よ。この近くに、ライスバーガーのお店があるからテイクアウトしてきたの。これなら草薙さんも風見さんも食べるでしょ?」
「そうですね」
「それじゃ、お腹空かせた人達が待ってるから」
「お気を付けて」
 白い髪のエルダールは穏やかな眼差しで黒髪の娘を見送った。
 ほんの百五十年ほど前までは、こんな生活を送っているとは考えて居なかったと思い返しながら。
 彼がこの場所、この星にやって来たのは、およそ百五十年前の事。ラゴ・サテュロスの娘が突如として姿を消した事件を調べる内、彼もまた不思議な連絡通路(ワープホール)に迷い込み、この星にやって来たのだ。
 その当時、地球では御神木の根元や火山の中腹に、人間とは様子の違う不思議な人物が突如として現れる事件が多発していた。彼もまたその不思議な人物のひとりであったが、他の人物と異なっていたのは、彼が学者であるという点だった。
 彼は土砂降りの雨から逃れようと大木の下に駆け込んだところ、木の洞に吸われた様に別の世界へと飛ばされた。それが地球であり、快晴の明治神宮の御神木の根元だった。
 見ず知らずの土地に来た彼は首を傾げたが、暦表(カレンダー)が異なっている事や、月齢の変化が異なっている事に気付き、此処は何処の星なのかと尋ねた。質問された警察官は困惑していたが、次第に状況が理解され、遂に彼は別の惑星、あのケプラー777星から来た地球外生命体であり、同じ様に突然やって来た“奇妙な人物”も彼と同じ星の出身であると理解された。
 彼は元来た星に帰るべく、来る道があれば帰る道があるだろうと調査をはじめ、その中でケプラー777星と地球の間に奇妙な連絡通路(ワープホール)が存在している事をはっきりとさせた。そして、なぜ連絡通路が生じたのかを考えた。
 彼が導き出した結論は、連絡通路が生じる数年前に地磁気の逆転が起こった事で空間が歪み、日本にだけ生じたのは地殻の動きが活発である為だという物だった。連絡通路が火山や温泉の泉源周辺に多く発生している点からも、彼の考えには一定の支持が集まった。また、街中に突然現れたものに関しても、古い樹木の根元や地下水脈のある場所が多いことから、地中の磁場が何らかの影響で変化している場所であるとし、ケプラー777星でも同様の調査を行うに至った。
 そして、ケプラー777星での調査を終え、再び地球に戻った彼は、人間の世の中で暮らす事となった。
 ――この世界の暮らしも、悪くはありませんがね。
 休日になれば行列が出来る、自然派素材を売りにしたサンドイッチショップのカウンターに並びながら、彼は空を見上げた。
 そういえば、明日は新しい捜査官が着任するのだった、と。
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