華やかな捕り物の向こうで

文字数 1,312文字

「いいなー、二人は出動で」
 遅番で執務室待機となっている白石は、吸血鬼が東京で拠点としているマンションへ踏み込む黒井と瀬戸を羨望の眼差しで見つめていた。
「良くないよ。普通に出てきたっていうのに、いきなりこの時間から踏み込むなんて。しかも暗い中、普通に人の住んでるど真ん中でガーゴイル退治なんてただの拷問だよ」
 瀬戸は不貞腐れた様子でカフェラテに口を付ける。
「何かあればお前も出動だろ? とはいえ、俺達が仕事をしない方が、今回ばかりは平和でいい……しかし、仕事が出来ないのもまた問題だがな」
 前日、瀬戸と黒井が調査をして分かった事は、吸血鬼の根城にはウェスペルティーリオが居るという事。マンションの裏手に、それらしき糞が有ったのだ。
「周りに人が居るんじゃ、ショットガンで撃ち落とす事も出来ないし、上空から追撃しようにも、夜目の利く隊員は少ない上に、ガーゴイルは生身で成層圏まで飛べるんだから、堪ったものじゃないよ。しかも、狭い所で暴れられればそれだけで鉤爪に引っ掛かれるし」
「そうだな」
 黒井は瀬戸の愚痴に同意する。それは的を射た状況認識だった。
「そんなに危ない所なのに、機動隊に居た僕を連れて行かないのもよく分からないけど」
「機動隊とは言え、魔法の使える者が居るとは限らないからな……そう不貞腐れるな。さっさと終わったら、寿司でも買ってきてやるよ」
 納得しきらないと言った様子だが、白石は少し冷めたカフェラテに口を付けた。

 吸血鬼(ヴァリコラカス)が違法売春の拠点にしているとみられるマンションに捜査隊が踏み込んだのは、午後六時を少し過ぎた頃の事だった。
 先陣を切って踏み込んだ特別機動捜査隊を出迎えたのは、予想通りウェスペルティーリオだった。しかし、狭い廊下での攻防は、体躯の大きなウェスペルティーリオにとって有利とはいえず、それはあえなく倒された。
 続く居間にももう一体が居たが、待機している女性が複数名居た事から、ウェスペルティーリオは体躯の大きさと鉤爪の為に動きが制約され、機動性の高い隊員にかなわず早々に討ち取られた。
「番犬程度の様だったな……しかし、よくこんな所にこんな物を呼んだな」
 瀬戸と黒井が廊下の個体を検分している奥では、売春婦として使役されていた女性達の悲鳴と、吸血鬼(ヴァリコラカス)の逃げ回る物音、そして、機動隊の怒号が響いていた。
「片付けをお願いします」
 言いながら、瀬戸は外の通路へと戻る。
 同行していた矢城は浄化魔法を発動させ、廊下の個体を跡形も無く灰にする。
 すると、程無くして売春の元締めと思しき化粧の濃い女と、黒いスーツの男達が引き摺り出される。
「中の片付けもしてくるか……」
 矢城は(おもむろ)に屋内へと進み、リビングに倒れたウェスペルティーリオの死体に浄化魔法を発動させた。
「外にも居ないか確かめるぞ」
「はーい」
 屋内での捕り物は無くなったと判断し、黒井は瀬戸を連れて地上へと降りた。
 建物の裏手に向かい、不審な気配が無いか探そうとした時、黒井は何かを見つけた。
「瀬戸、別動隊を呼べ。死体だ」
 瀬戸は目を瞠り、駆け出した。
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