過保護なママと不機嫌なニンフ

文字数 1,480文字

 天野が卵を投げつけられた翌日、朝礼で告げられた事は、相談室の職員を狙い撃ちする亜人排斥集団が存在している事と、瀬戸と黒井は夕刻から吸血鬼のたまり場となっているとうわさされる繁華街のある店へ向かうため、午後から出勤する事、そして、原宿の移動販売業者に聞き取りに向かうのが天野と高木である事だった。
 天野が襲撃された一件を重く見た吉備津は醍醐を当面の間外出調査から外すと決定し、更には単独での外出も禁じると決定したのだ。醍醐はそれを知らされた早朝以来、ふてくされていた。それは原宿に行けなくなった事に対してだけでなく、天野の事に対してもだった。
「なによ……あんなつまらない女と組ませるなんて……」
 執務室に残っても、やってくるのは相談室からの応援要請ばかり。口実を付けて執務室からは出ようと、醍醐は特別機動捜査隊の隊員に話を聞いてくると言い残し、庁舎の中を歩いていた。
「何か有ったのか?」
 醍醐が特別機動隊の控室に向かっていると、備品を運ぶ梅本が彼女を見つけた。
「あ……」
「酷い顔して、何か有ったのか?」
「それは、そうですけど……それより、そちらでお話を聞いてもいいですか?」
 伏し目がちに言葉を濁した醍醐は、彼を見上げた。
「なんだ?」
「このあたり一帯で、こう、変な事が起こっていないか、皆さんにお聞きしたくて」
「不審死事件の事か?」
「それもですし、レストランの不審火もです」
「あぁ……手の空いた連中を順に捕まえてやるよ。行こうぜ」
 梅本に従い、醍醐は特別機動隊の控室へと向かう。
 そして、彼に声を掛けられた者から順に、新宿の不審死事件現場周辺や、永田町のレストラン周辺で、不思議な出来事や不審な事象が起こっていないかと尋ねた。
 しかし、収穫は少なく、街灯の監視カメラの故障について、把握できていない箇所が判明したものの、不審死に関与したと思しき人物や不審火のきっかけとなった人物を特定するに至る情報は得られなかった。ただ、執務室から逃げ出せたことだけが、彼女にとっての収穫だった。

 特別機動隊での聞き取り調査を終え、醍醐は執務室に戻る。だが、執務室には相談室からの内線着信がひっきりなしにあり、報告書を書くにも落ち着かない状態だった。
 醍醐はタブレットパソコンを持ち出し、白銀と明成が使う元物置部屋の扉を叩いた。
「何か御用?」
「このお部屋、使わせてもらえませんか? 執務室はずっと電話が鳴ってて、落ち着かないんです」
「あぁ……ちょっと待ってて、事務机を片付けるわ」
 白銀は吉備津に無理を言って借り受けた身上書の写しなど、見られては困る資料を鍵の付いた抽斗(ひきだし)に押し込んだ。
 その間、醍醐は継ぎ接ぎされた特別調査係の看板を兼ねた張り紙を見て、首を傾げていた。
「もう大丈夫よ、いろいろとないものあるけど、報告書を作るくらいは問題ないと思うわ」
「ありがとうございます」
 醍醐は古びた事務机に向かい、特別機動捜査隊員から聞き取った情報をまとめ、形式的な報告書を作った。
「ところで、今日のお昼はお弁当?」
「え?」
「もし食堂に行くんだったら、一緒に食べない? お昼は持ってきたんだけど、たくさん作ったし、一緒にどうかなと思って」
 醍醐は目を瞬かせ、何を作ったのかと問う。
「故郷で食べていたのに近い料理よ。ヤギのチーズが入ったパイやハーブで香りづけしたスープとかパンみたいな」
「パンも自分で作ったんですか?」
「えぇ」
「すごいですね、ぜひ食べさせてください!」
 醍醐はこの日初めて笑顔を見せた。
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