終息への道筋

文字数 1,207文字

 高木があの女性を殺したのかどうか、物証は見つからないまま一夜が明け、警視庁は加熱する報道と庁舎に迫るデモ隊の対応に追われていた。
 仮に高木が実行犯である場合、吉備津や武寿賀の責任問題となり、亜人相談室そのものの再編すら議論される状況である事は明白だった。そして、高木が実行犯である可能性は限りなく高い。
 吉備津は自身の進退問題を見越し、上層部からの長い叱責の後、すぐさま身辺整理を始めた。一方の武寿賀は全ての結論を待つ様に、ただ、係長室の机に向かって、調査に出ている白石と黒井、そして鑑識課からの結果報告を待って居た。
「武寿賀係長」
 騒然とする庁舎周辺を掻い潜り、調査に出向いていた黒井と白石が戻ってきたのは正午過ぎの事だった。黒井は白石を連れて係長室を訪ね、開口一番に結果を報告した。
「物証とは言い切れませんが、ドライブレコーダーの情報が手に入りました」
「一体どこから」
「交通課に通行記録を開示させて、レンタカーが無いか調べたところ、一台だけ、あの時間、あの道路を通った車両がある事を突き止めました……彼女が庁舎を出てから、被害者を殺害し、戻ってくるまでの時間をおおよそ考えれば、あの時間あの場所で彼女が一人だけ移っている事は不自然ではありません」
 黒井の報告を受け、武寿賀は安堵した。これで事態が進展すれば、解決という区切りによって、加熱した報道が収まるだろう、と。
 そんな中、黒井と白石に続き、係長室に駆け込んできた人物が居た。
「鑑識の分析結果が確定しました、これを」
 係長室に駆け込んだ天野は、鑑定結果の印刷された紙を武寿賀の机に差し出した。
 鑑識課が一日がかりで物証を洗い出した結果見つかった、極微細で確実な証明が記されていた。
「植木の中に繊維が残っていて、調べると、高木さんが、最後に来ていたカーディガンと一致したそうです。鑑識の方曰く、北海道でもほとんどが北方の離島で飼育されている珍しい品種の羊の毛で、染色も個人的にされたようだ、と」
「つまり、これは彼女の上着で間違いは無く、確実に、高木さんはあの植え込みに踏み入ったという事ですか」
「そう、なりますね……」
 武寿賀は深い溜息を吐き、書類の端を握る。
「……問題は問題ですが、解決するだけ、ましですね」
 天野達は眉根を寄せ、複雑な面持ちで武寿賀の机を見つめる。
「……でも、高木さんが犯人だったとなると、室長や係長は」
「進退問題にはなるでしょう。吉備津さんは根回しに回っている様ですよ、自分がいなくなった後に備えて」
 白石の言葉に対し、武寿賀は一同の想像を超えてあっけらかんとしていた。
「それに……私達には寿命がありませんからね、これで終わるのも、一区切りかもしれません」
 武寿賀は立ち上がり、ブラインドの隙間から地上に視線を落とす。
「……そろそろ、この狭い部屋から外を見るのも、飽きてきましたからね」
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