疑心暗鬼の推論

文字数 2,328文字

 朝礼を終えた白銀は元は物置部屋だった部屋に明星を引き摺り込んだ。そして、扉を背に彼女は明星に迫る。
「ちょっと、どうして貴方が此処に居るのよ」
「エピスタニス殿から聞いていないのか?」
「知るわけないじゃない、説明してよ」
「はぁ……」
 プロイアスは軽く頭を掻きながら事の経緯を語った。
 星見岬(カエヴィデラ)から不死なる罪の化身(アサーナタマティーア)が脱獄した事、おそらくその依り代だったであろうアネールと思しき不審な死体が緑の島(プラシニシー)の館の裏で発見された事、地球に諸悪の化身(エフィアルティースが)が現れた事を知った事を。
 そして、その原因について考察した結果、小惑星ハーデスとデメテール星の衝突で生まれた破片が地球に落ちた為という仮説が生まれ、彼はそれを突き止める為、オーク討伐に動く北の領主が、オークとその他の魔獣に関する調査を行う官吏として地球に派遣する形で此処に来た事を。
「エピスタニス殿は、首筋に食われた跡のある死体について特別な調査をさせるとかなんとか言ってるけど、俺が調べるのはこの星に現れた諸悪の化身(エフィアルティース)と、この星に来てしまったかもしれない不死なる罪の化身(アサーナタマティーア)を探す事……しかし、こちらで見つかったその不審な死体……肉を食い生き血を吸いつくしている辺り、罪の化身(アマティーア)の所業に見えるし、あながち間違ってないのかな」
 明星の言葉に眉を顰めていた白銀は口を開く。
「私もそう思ってた……新宿の不審死事件、罪の化身(アマティーア)が肉体を得る為の手段に似ていると」
 二人は顔を見合わせた。
「ひとまず、貴方が此処に来た理由が分かっただけ納得したわ……でも、どうやって探すの? 連絡通路(ワープホール)はこの島国にしかないけれど、この国は小さいようでいて結構広いのよ?」
「うーん……俺達二人居たら、振り子占い(ダウジング)が出来ないかなぁ……」
 二人は再び顔を見合わせた。振り子占いは中つ国(アステクシア)において失せ物探しから鉱脈探しまで広く使われる手段のひとつである。そして、二人とも特別な魔術を使う巫術師(ふじゅつし)の末裔でもある。
「そりゃ、振り子占いくらい私もするけど……そんな災厄を探せるものかしら」
「でも、やってみる価値はあるんじゃないかな……地図ってあるかな」
「流石に日本地図は無いわね……室長殿に聞いてくるわ」
 白銀は振り向くままに部屋を出て、吉備津の元へと向かう。そして、日本地図の束を借り受け、元居た部屋へと戻った。

 日本地図を広げ、二人はラリエットにしている振り子を垂らした。
 振り子の反応に合わせて地方を絞り込んだ結果、場所は東京まで絞られた。さらに振り子の動きを探した結果、ふたつの振り子が絡むほど揺れたのが、東京都千代田区霞が関一丁目。
 絡んだ振り子もそのままに、二人はただ顔を見合わせた。
「これで場所は絞れたとして……此処に強烈な反応を示しているのはどういう事かしら」
 白銀の言葉は皮肉だった。
 小惑星ハーデスとデメテール星の破片が日本に降り注いだのは二十五年前の事。三つの破片はそれぞれ岡山県北部に在る醍醐桜にほど近い場所、北海道の更に北に在る択捉(えとろふ)島の街中、そして東京都心の明治神宮の御神木の近くにそれぞれ落ちた。
 破片自体は流れ星としてほぼ燃え尽きており、明治神宮に落ちた物に関しては、御神木の傍の連絡通路(ワープホール)に異変が無かった事から、影響が無い物とも考えられていた。
 だが、そのひとつも影響を残していたのではないかと考え、白銀は絡んだ振り子を明星に押し付けて、古びた事務机の上のファイルを手に取った。
「伯父上が出てきた連絡通路(ワープホール)が消えていない辺り、明治神宮に落ちた破片はごく小規模だったのでしょうけど……此処に発生した諸悪の化身(エフィアルティース)を生み出したのはそれみたいな気がするわ」
「でも、二十五年というと地球人や獣人にとってはかなり長い時間だ。それだけ無害でいられたのか?」
「それもそうだけど……」
 言いながら、白銀はファイルを広げ、身上書に目を移す。
「今回の発生源となった草薙獲夢も二十五歳……彼女は東京生まれ……もしかしたら、彼女は本当に不幸なくじを引き当てたのかもしれないわ」
「まさか……」
「彼女が生まれる前から、この運命は決まっていたのかもしれないわね……それにしても、まだ此処にこれだけ反応しているっていうのが気になるわ……確かに、この国では人の移動はとても大きくて多いけれど……」
 白銀は溜息交じりに呟き、もう一枚の身上書を見遣る。
「醍醐桜も流れ星の影響を受けている、だけど……地図をどれほど探しても此処にしか反応しないという事は……」
 白銀は更にファイルのページを捲り、一枚の身上書を見た。
「なぜ彼女がスカウトされたのかは分からないし、経歴がまるで分らない……少し注意した方がいいわね」
 二人は顔を見合わせ、頷きあった。
「それはそうと、新宿マンション裏で見つかった変死体の件はどうするの?」
「まずは現地を見て見たいと思っている……出来れば、歩いていきたいんだけど、どうかな」
「歩ける距離だとは思うけど、外出の許可だけはもらわないと」
 白銀は係長室に向かうべく部屋を出た。
 すると、貧相な字で書かれた看板代わりの紙が張り付けられていた。
「後でプリンター借りてこなきゃ……」
 こんな物を貼り付けられていては、見つかる物も見つからなくなってしまう。そんな思いを抱えたまま、白銀は歩き出した。
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