後悔の目的

文字数 1,379文字

 例え凶悪な宇宙人であっても、人に似た物を殺めてしまった。天野の胸には、その事実が圧し掛かっていた。
 震えながら、オークを殺したと武寿賀に告げた時、武寿賀はまるで微笑む様に優しい声で、良くやったと言った。
 押し倒されていた醍醐でさえ、突き飛ばされながらイティメノスに飛び掛かった天野を心配した。そして草薙は、彼はいいとこどりをしたと言って頬を膨らませた。
(でも、僕は……)
 天野は机に出した両の掌を見下ろす。その左手に掴んだあの小刀で、オークを“殺した”のだ、と。
(僕は……)
「天野」
 唐突な声に、天野の施行は遮られる。
 顔を上げると、其処に居たのは矢城だった。
「あ……」
「今日は朝から出てたんなら、もう終わりだろ?」
「え……」
 天野は壁の時計を見た。時刻は、午後五時を少し回っている。
 調査係の一行が庁舎に戻ったのは、午後四時を少し過ぎた頃の事。休暇を取っていた望月を除く武寿賀以下全員、通常より三十分ほど早い出勤だった為、形式的な業務が終わると順次解散となっていた。
「色々大変だっただろうし、ちょっと飲みに行かないか」
「え……」
 天野は矢城を見上げる。
「田舎から出てきたって聞いたが、どうせ、まだ遊んだ事なんて無いんだろ?」
 天野は目を伏せる。確かに、仕事が終われば宿舎に直帰し、休暇の日も必要最低限の買い物には出るが、夜の街に出た事は無かった。しかし、こんな日に酒を飲む気分にはならない。
 何より、彼はあまり酒が飲めない。
「せっかくですけど、僕」
 彼が拒否する前に、彼の空腹が矢城に伝わった。
「だよな、昼飯も食い損ねてるんだろ? ちゃんと飯の食える所に連れて行ってやるから、ついて来いよ」

 天野が連れ出されたのは、繁華街の雑居ビルにあるバーだった。
 落ち着いた木目調の(しつら)えで、カウンターには色鮮やかなカクテルを楽しむ客が並ぶ。しかし、店の奥のテーブル席では、少し洒落た料理と気取らない酒を気軽に楽しむ客が居た。
 矢城は人目に付かない観葉植物の奥の席に進み、軽食と適当な酒を頼む。
 運ばれてきたのは、手鞠寿司の様な雑穀米の握り飯と、色鮮やかな野菜の生春巻き、そして、鴨肉のローストがまとまった皿にふたつのグラス。
 天野に出されたのは、何かの葉が浮かんだグラスだった。
「あの、これ……」
「飲んだら分かると思うぜ?」
 言われるまま、天野は一口だけグラスに口を付けた。
 おそらくはモヒートである。しかし、なぜかレモンの様な香りがしていた。
「地球人っていうのは、同じ形をしたものを殺す事を嫌うとは聞いていたが……なぁ、あの薄汚い連中も、お前は同じだと思うのか?」
 天野は眉を顰めた。
「確かに、元はと言えばイティメノスはエルダールだった……だが、運命が分かれた瞬間から、別物になっちまったんだよ……おまえの事だから、今日の事は後悔してるだろうが……おまえのした事は正しい事だったんだよ」
「でも、そんな事で、殺した事実が正当化されていいんでしょうか」
「正当化も何も、オークは殲滅すべき相手だ……勿論、最初からそれを認めるのは難しいだろう。俺だって、最初は殺すって事に躊躇いも有ったんだよ」
「え……」
 天野は目を瞠った。容赦なくオークを倒してきた矢城に、そんな事が有ったのか、と。
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