迷走エルフの名推理

文字数 1,762文字

 マンションの裏で見つかった死体については、被害者が襲撃されたとみられる前後の時間に監視カメラの映像が乱れていた事から、手掛かりが見つからなかった。マンション周辺の不審人物の洗い出しも行われたが、やはり手掛かりは無かった。
 一部のマスメディアはここぞとばかりに亜人脅威論を喧伝し、相談室には無関係な中傷を受けたという相談が増える一方、亜人排斥活動家が業務妨害同然に殺到し、逮捕者すら出る事態になっていた。
 しかし、その不審死事件以降、同様の被害は一切起きておらず、警察はただ事態の鎮静化を待ちながら、亜人相談室に調査を一任していた。
 そんなある日の早朝、物置小屋から執務室に変わった部屋に白銀宛ての小包が届けられた。発送先は渡航管理局、依頼主は彼女の兄だった。
 包みを開くと、検疫合格証と共に乾燥したニワトコの花が詰め込まれていた。
 彼女は毎年夏になると一度別荘に戻り、オリーブの実を絞って油を採り、ニワトコの花を見ていた。しかし、今年はそれが叶わない。
 深い溜息を吐き、彼女は顔を上げた。
 思い返せば、アネールがオークを手勢とした戦を画策し、中つ国(アステクシア)を攻めようとしていた、それが始まりだった。中つ国(アステクシア)にはいくつもの連絡通路(ワープホール)があり、其処からオークが地球へ渡る可能性が有った。そして、そのオークを駆逐する戦力として、彼女は武寿賀に呼ばれ警視庁で働く事を承諾した。
 だが、北のエルダールがオーク討伐に本腰を入れた今、彼女が警視庁に居る意味は無いに等しかった。エザフォスの種族や魔獣に関しては、武寿賀やアネミースの知識で事足りるのだ。
 とは言え、エフィアルティースの発生源に関する問題が残されている為、当面辞めるわけにもいかない。
 彼女は溜息とも言い難い声を出し、小包を棚に置いた。
 来年の夏には、帰ってやるのだ、と。
 
 そんな朝礼の席、武寿賀は一人の男を連れてきた。
 その男の顔を見た瞬間、白銀は目を瞠り、脳裏にいくつもの疑問が押し寄せるのを感じた。
「早速ですが、朝礼の前にひとつお伝えする事が有ります。実は、先日発生した異形の調査に関連して、特別調査係を臨時設置する事となり、エザフォスから官吏を招きました」
 武寿賀は男を見遣り、自己紹介を促す。
「はじめまして、本日より、臨時設置されました、えっと、特別調査係に配属されました、えー……明星(めいせい)朝陽(あさひ)と申します。時々お世話になるかと思います、よろしくお願いします」
 肩より少し伸びた亜麻色の髪を揺らし、明星は頭を下げる。
「今後は彼も朝礼に参加する事になりますので、よろしくお願いします。では、朝礼を始めましょう。明星君の席は其処ですよ」
 武寿賀が示したのは、彼の左手側だった。
「あぁ、それと、特別調査係の執務室は、以前物置部屋にしていた所の一角に併設となります。後ほど看板が届きますから、適当に設置しておいて下さい」
 そうして始められた朝礼は、今も収まらない不審死事件に関連したもので、表向きには特別捜査本部を立ち上げて全力を尽くすと広報するという事で、警察は騒動の終息を図ろうとして居る事が伝えられた。
「もしかして、その特別捜査本部ってのが……」
 白石は武寿賀の隣に座る明星を見た。そして、それに呼応し、ほぼ全員の視線が、明星と武寿賀に向けられる。
「えぇ」
「係長」
 上司として上層部の決定を取り繕う素振りも無く肯定する武寿賀に対し、ちょっと待ってくれと言わんばかりに黒井は口を開くが、武寿賀はあっけらかんとして口を開く。
「おそらく、あれは亜人の仕業でも、人間の仕業でもありません……新たな異形が発生した、そういう事ですよ」
 その場に居た誰もが、それを予想していた。だが、人間の常識としてそれをそのまま肯定される事は望んでいなかった。
「でも、その新しい化け物、何処に居るとか手掛かりが有るんですか?」
「それを探すのが彼の役目ですよ」
 首を傾げる白石に武寿賀は何事も無い風に言い放つが、白石達は顔を見合わせた。
 当てずっぽうで、亜人相談室がひっくり返るほどの状況を打開する気なのか、と。
 だが、武寿賀には分かっていた。これが最後の手段である、と。
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