ガーゴイルの根城
文字数 2,346文字
瀬戸と風見が合流し、一同は空き地に出た。
「ひえ、うるさーい!」
草薙は耳を畳んで上から押さえた。
「此処では通信機器は使えませんし、立ち入り調査はすなわち駆除になるでしょう……草薙さん、貴方は此処に残って下さい」
「ほえ?」
「建物の中は、此処の比ではないうるささです。もし、外に飛び出してきた個体が居たら、その時は対応していただきますが、貴方は此処で待機していて下さい」
「わかった。じゃあ、あたしは車に戻るねっ」
うるさくてかなわないと言った様子で、草薙は車に引き返す。
「それで、どこから入るんだ?」
建物を見遣りながら、風見は武寿賀に問う。
「建物は地下もあるそうですが、逃げ道が確保出来ない場所には踏み込めません。解体用の足場が用意されていますから、それで屋上に向かい、強行突入になりますが、其処から屋内に入りましょう」
「まだ養生シートは設置されていませんから、逃がす事はあっても、閉じ込められる事は有りませんね」
「えぇ」
望月の言葉に、風見と瀬戸は安どするが、醍醐と天野はただ不安な表情を浮かべていた。
「心配すんなって、いざとなりゃ、二人くらいなら抱えてやるよ」
風見はいたって軽い調子でそう言って、二人の肩を叩く。
「もし大群に出くわしたら、その超音波発生装置の電源を入れて下さい、指揮系統が混乱して、まとまった攻撃をしなくなるはずです。ただ、それぞれが個別に動き出すだろうから、不規則な動きには注意して下さい」
「それと、彼らは炎を吐きます。中には可燃物が残されている可能性もありますから、攻撃される前に制圧して下さい」
アネミースと武寿賀からそれぞれに注意を受け、望月と瀬戸の表情が硬くなる。先陣を切るのはエルダールの二人だが、主戦力となるのは望月と瀬戸である。
「醍醐さんも、炎魔法は絶対に使わないでください。制圧は我々が物理的に行うので、水や氷の魔法で援護して下さい、いいですね」
「はい……」
醍醐は緊張した面持ちで頷いた。
「あ、あの、俺は……」
天野は一同を見回す。
「刀の扱いは覚えていると聞いていますが、貴方は絶対に懐中電灯を手放さない事だけ守って下さい」
「は、はぁ……」
「それでは風見さん、何かあれば、二人の事を頼みますよ」
「おう」
風見の返答を合図に、武寿賀は行きましょうとだけ言って歩き出した。
既に日もかなり傾いた時間、天野は本物の廃病院に入るのは心なしか不安に感じられていた。一度に大勢が登る事を想定していない足場の仮説階段は軋み、彼は更に恐怖を覚えていた。
――エルフは怖くないんだろうか……。
幽霊など存在しないと天野は信じているが、それでも、廃墟、特に廃病院は長い間心霊スポットとして紹介され続けているだけに、足場以上に見えないものの存在に対する恐怖が膨らんでく。
建物は三階建てで、その屋上まで時間はかからず、天野はすぐに現実へと引き戻された。
「この壊れ方は、鉤爪でしょうね」
武寿賀の検 めた屋内へと通じる頑丈な鉄製の扉には、鋭利な物が食い込んだ様な穴が開いていた。
「既に壊れているところを見ると、何度も出入りがあったんだろうな……」
アネミースは振り返り、突入する一行が揃っている事を確認する。そして、武寿賀と顔を見合わせた。
「相手は鋭い鉤爪を持っているだけでなく、時に炎を吐きます。絶対に火災にだけはしないように」
武寿賀は細い片刃の剣を抜く。
「行きますよ!」
壊れた鉄の扉が開け放たれ、薄暗い屋内があらわになる。一見したところ敵の姿は無かった。
「窓がある場所は避けているだろう。此処で出くわすとしたら、移動中の個体だけだ」
アネミースは先頭を進みながら、不穏な気配を探す。
そして、二階に降りたところで武寿賀とアネミースは眉を顰めた。
「近くに居るかもしれません」
瀬戸は剣の柄を握り締め、最前に躍り出て抜き放つ覚悟を決める。
すると、向かいから何かがこちらへと近づくのが見えた。
「音を鳴らせ!」
仲間を呼ばせまいと、アネミースは叫んだ。望月はすぐに答え、超音波発生装置の電源を入れる。
だが、効果は無かった。
前方の個体が声を上げるよりも先に、後方の扉が音を立てたのだ。
「手術室か!」
風見は舌打ちする様に叫ぶ。
瀬戸は踵を返し、手術室側の最前へと飛び出し、剣を抜いた。
「氷霧発現 !」
「氷棘飛散 !」
手術室を飛び出してきた数体を前に、アネミースは火を弱体化させる為の魔術を、武寿賀は氷の棘を散らし、敵の勢いを削ぐ為の魔術をそれぞれに起こした。
氷の魔法により空間は冷やされ、天野は背筋に寒気を覚え、心臓が跳ねるのを感じる。そして、醍醐が背にしがみ付いている事に気付いた。
その間にも、瀬戸の剣は的確にウェスペルティーリオの心臓を貫き、超音波を撒き散らしながら加勢する望月は細い片刃の短剣で鉤爪の付いた手を切りつけ弱体化を図る。
「偽隕石投下 !」
奥から出てくる個体に向け、アネミースは魔術で強い衝撃を与える。
「皆二人とも、下がりなさい!」
武寿賀の声に望月は魔術で個体を僅かに押し退け、瀬戸と二人後退する。
「電流拡散 !」
氷の霧に濡れた複数の個体に電撃が走り、動きが鈍る。
「氷柱群投下 !」
詠唱と同時に、何処からとも無く現れた鋭利な氷柱 がウェスペルティーリオに突き刺さり、赤黒い体液を床に広げる。
瀬戸は剣を構えながら、手術室の扉を完全に開け放つ。
「今ので、終わりみたいだね」
「ひえ、うるさーい!」
草薙は耳を畳んで上から押さえた。
「此処では通信機器は使えませんし、立ち入り調査はすなわち駆除になるでしょう……草薙さん、貴方は此処に残って下さい」
「ほえ?」
「建物の中は、此処の比ではないうるささです。もし、外に飛び出してきた個体が居たら、その時は対応していただきますが、貴方は此処で待機していて下さい」
「わかった。じゃあ、あたしは車に戻るねっ」
うるさくてかなわないと言った様子で、草薙は車に引き返す。
「それで、どこから入るんだ?」
建物を見遣りながら、風見は武寿賀に問う。
「建物は地下もあるそうですが、逃げ道が確保出来ない場所には踏み込めません。解体用の足場が用意されていますから、それで屋上に向かい、強行突入になりますが、其処から屋内に入りましょう」
「まだ養生シートは設置されていませんから、逃がす事はあっても、閉じ込められる事は有りませんね」
「えぇ」
望月の言葉に、風見と瀬戸は安どするが、醍醐と天野はただ不安な表情を浮かべていた。
「心配すんなって、いざとなりゃ、二人くらいなら抱えてやるよ」
風見はいたって軽い調子でそう言って、二人の肩を叩く。
「もし大群に出くわしたら、その超音波発生装置の電源を入れて下さい、指揮系統が混乱して、まとまった攻撃をしなくなるはずです。ただ、それぞれが個別に動き出すだろうから、不規則な動きには注意して下さい」
「それと、彼らは炎を吐きます。中には可燃物が残されている可能性もありますから、攻撃される前に制圧して下さい」
アネミースと武寿賀からそれぞれに注意を受け、望月と瀬戸の表情が硬くなる。先陣を切るのはエルダールの二人だが、主戦力となるのは望月と瀬戸である。
「醍醐さんも、炎魔法は絶対に使わないでください。制圧は我々が物理的に行うので、水や氷の魔法で援護して下さい、いいですね」
「はい……」
醍醐は緊張した面持ちで頷いた。
「あ、あの、俺は……」
天野は一同を見回す。
「刀の扱いは覚えていると聞いていますが、貴方は絶対に懐中電灯を手放さない事だけ守って下さい」
「は、はぁ……」
「それでは風見さん、何かあれば、二人の事を頼みますよ」
「おう」
風見の返答を合図に、武寿賀は行きましょうとだけ言って歩き出した。
既に日もかなり傾いた時間、天野は本物の廃病院に入るのは心なしか不安に感じられていた。一度に大勢が登る事を想定していない足場の仮説階段は軋み、彼は更に恐怖を覚えていた。
――エルフは怖くないんだろうか……。
幽霊など存在しないと天野は信じているが、それでも、廃墟、特に廃病院は長い間心霊スポットとして紹介され続けているだけに、足場以上に見えないものの存在に対する恐怖が膨らんでく。
建物は三階建てで、その屋上まで時間はかからず、天野はすぐに現実へと引き戻された。
「この壊れ方は、鉤爪でしょうね」
武寿賀の
「既に壊れているところを見ると、何度も出入りがあったんだろうな……」
アネミースは振り返り、突入する一行が揃っている事を確認する。そして、武寿賀と顔を見合わせた。
「相手は鋭い鉤爪を持っているだけでなく、時に炎を吐きます。絶対に火災にだけはしないように」
武寿賀は細い片刃の剣を抜く。
「行きますよ!」
壊れた鉄の扉が開け放たれ、薄暗い屋内があらわになる。一見したところ敵の姿は無かった。
「窓がある場所は避けているだろう。此処で出くわすとしたら、移動中の個体だけだ」
アネミースは先頭を進みながら、不穏な気配を探す。
そして、二階に降りたところで武寿賀とアネミースは眉を顰めた。
「近くに居るかもしれません」
瀬戸は剣の柄を握り締め、最前に躍り出て抜き放つ覚悟を決める。
すると、向かいから何かがこちらへと近づくのが見えた。
「音を鳴らせ!」
仲間を呼ばせまいと、アネミースは叫んだ。望月はすぐに答え、超音波発生装置の電源を入れる。
だが、効果は無かった。
前方の個体が声を上げるよりも先に、後方の扉が音を立てたのだ。
「手術室か!」
風見は舌打ちする様に叫ぶ。
瀬戸は踵を返し、手術室側の最前へと飛び出し、剣を抜いた。
「
「
手術室を飛び出してきた数体を前に、アネミースは火を弱体化させる為の魔術を、武寿賀は氷の棘を散らし、敵の勢いを削ぐ為の魔術をそれぞれに起こした。
氷の魔法により空間は冷やされ、天野は背筋に寒気を覚え、心臓が跳ねるのを感じる。そして、醍醐が背にしがみ付いている事に気付いた。
その間にも、瀬戸の剣は的確にウェスペルティーリオの心臓を貫き、超音波を撒き散らしながら加勢する望月は細い片刃の短剣で鉤爪の付いた手を切りつけ弱体化を図る。
「
奥から出てくる個体に向け、アネミースは魔術で強い衝撃を与える。
「皆二人とも、下がりなさい!」
武寿賀の声に望月は魔術で個体を僅かに押し退け、瀬戸と二人後退する。
「
氷の霧に濡れた複数の個体に電撃が走り、動きが鈍る。
「
詠唱と同時に、何処からとも無く現れた鋭利な
瀬戸は剣を構えながら、手術室の扉を完全に開け放つ。
「今ので、終わりみたいだね」