下されない判断

文字数 1,443文字

 庁舎に戻った望月は、吉備津に全てを打ち明けた。
 庁舎に現れた道の化け物は、怒りや憎しみ、悲しみや絶望に取り憑く形の無い化け物であるエフィアルティースであると。エフィアルティースは地球の言葉で諸悪の化身を意味しており、人間から見たエザフォス星の世界であるコズモースに生まれた者を害する存在として、エザフォス性の民には広く知られている物であると。
 そして、それが草薙に取り憑いている可能性が高いという事を。
「それで、それを解決する方法は有るの?」
 吉備津に問われ、望月は声を詰まらせる。
「……す事」
「え?」
「取り憑かれた者を……殺す事、です」
 絞り出された言葉に、吉備津は絶句し、首を振った。
「そ、そんな事……そんな事、事実だとしても認められない!」
「ですが」
「本当にその、得体の知れない物が草薙さんに取り憑いているというのなら、証拠を見せなさい、形のある証拠を!」
 感情的に言われるまま、望月は室長室を去り、係長室へと向かった。
 係長室には不安な表情を浮かべた醍醐と、軟禁状態に不服げな瀬戸、そして、事情をよく理解していないらしい天野が待って居た。
「あ、あの……その、エフィアルティースとかいうのがどういう物かっていうのは、瀬戸さんからお聞きしたんですけど……」
「あれを消すには……宿主を殺すしかない……でも、私だってそんな事はしたくないわ。醍醐さん」
 天野の問いに答えるでもなく呟き、望月は醍醐を見た。
「草薙さんと親しい人、心当たりが有りますか」
「え……」
「もし彼女にあれが取り憑いているとして、その原因が分からないとどうにも出来ないわ」
 捲し立てられる様に問われ、醍醐は戸惑いを隠せない。しかし、思い当たる事が無いわけではなかった。
「え、えっと……特別機動捜査隊の方なら、知っているかもしれません。あの部署には、同じサテュロスの方が、たくさん居ますから」
「そう……それと、これ」
 望月は無関心な様に呟くと、鞄からふたつの指輪を取り出し、ひとつを醍醐に手渡した。
「ホラニアス様が貸して下さった、魔よけの指輪よ。気休めかもしれないけど、持っていて」
 ふたつ目の指輪を瀬戸に手渡し、望月は続ける。
「指に合わないようなら、係長の机の引き出しの何処かに、エルダールの作った組紐が有るわ。首に掛けてもいいから、身に着けていて。それと、天野さんもニンフの血が混ざっているなら累が及びかねないわ。そのランプか、指輪を持った他人(ひと)から離れないで」
 踵を返し、部屋を出ようとする望月を天野は呼び止める。
「あの……望月さんは」
「私なら大丈夫。あれがエルダールを害するのは、極限に達した瞬間……あれが私達を(たお)した時、あれは消える……だけど、それまでにどれほどの犠牲が出るか……なんとかするから、必ず」
 答えになっている様で、的を得ない言葉に天野は困惑する。
 望月が去った後、瀬戸は深い溜息を吐いた。
「エルダールっていうけど、望月さん自身は光の民(フォスコイノス)……ニンフとエルダールの混血なんだから、武寿賀さんや矢城さんほどの耐性なんてないはずなのに……」
 その言葉に、天野は立ち上がろうとする。だが、隣に座っていた瀬戸は、彼のズボンを掴んで立ち上がらせなかった。
「君よりはましだから、君は大人しく籠城してるべきだよ」
 天野は何か言いたかったが、適当な言葉が見つからず、大人しくしているしかないと諦めざるを得なかった。
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