破滅の呪文

文字数 2,276文字

 一行は一階へと降りるべく、廊下を進んでいた。そんな中、ふと窓の外を見遣った望月は目を瞠る。
「ちょっと、あれ!」
 窓の外に見えた物、それは、上空を舞う無数の異形の姿だった。
「これはまずいな……」
「風見君、一階に降りたら非常口から早急に外へ出て、八王子署に向かって下さい。特別機動捜査隊に応援を要請して下さい」
「え?」
「ウェスペルティーリオがこうも集まってくると、通信機器は役に立ちません。それに、日没までには僅かながら猶予が有ります。今ならまだ間に合うはずです」
「でも、大丈夫か?」
「地球で効果が有るかは分かりませんが、結界魔法を試してみます。地下を空にしなければ、上空をいくら倒しても無駄でしょう……何故此処にこうも集結しているのかは分かりませんが……とにかく降りましょう」
 一階にどれほどの体が居るのかは分らなかった。だが、階段を下りればそれだけ不穏な気配が強まっていると、武寿賀とアネミースは理解していた。
「それじゃあ、行ってくるぜ」
「お願いします」
 一階に降りたところで風見は白いシャツを脱ぎ、羽をあらわにした。そして、日没の迫る空へと駆け出した。
 アネミースは腰に下げていたランプを手に、呪文を唱える。
「清浄の光を灯せ《ルークス・エスト・プーラ》」
 ランプは青白い光を放つ。
「結界を張るよりは、近づかない様にする方がおそらく確実だ。其処の人間さん、これを持っていなさい」
「え……」
 天野はきょとんとした表情でアネミースを見た。
「お前さんは魔法など使えんのだろう。せめて持っておきなさい」
「で、でも灯りが」
「人間と同じに考えるな。持っておけ」
 半ば押し付けられる様に、天野はアネミースのランプを受け取った。
「さあ、行きますよ」
 地下に続く扉は壊され、既に開いていた。
 暗闇に武寿賀の持つミスリルが光った瞬間、それはウェスペルティーリオの頭に片刃の剣が突き刺さり、別の個体が雄叫びを上げた瞬間だった。
 望月は持っていた超音波発生装置の電源を入れ、適当に奥へと放り込む。
発光魔術(ルークス・フルゴール)!」
 アネミースの詠唱は辺りを一瞬にして照らすと同時に、ウェスペルティーリオの視界を閃光で奪い去った。
「あの奥か」
「アネミース、殿(しんがり)を頼みますよ」
 武寿賀は光る刃を手に廊下を進み、望月と瀬戸がそれに続く。天野は醍醐と二人、取り残された様にアネミースの後ろで立ち尽くしていた。
 廊下の奥では呪文を唱える声と、鈍い衝撃音が響き、天津のすぐ傍では、一階から降りてこようとする個体が撃ち抜かれている。
 次第に屋内には生臭い血液の臭いが広がり、天野は吐き気さえ覚えた。流れ出してすぐの血液や、死んですぐの獣は耐え害悪臭を放つ物ではないが、ウェスペルティーリオは死んだ瞬間に獣の肉が腐ったのと同じ臭気を放つ。
「其処の扉、開けさせないで!」
 瀬戸の怒号がひと際響くと同時に、望月が醍醐を呼んだ。
「行かなきゃ……」
 醍醐は腐臭の充満した廊下の奥へと走り、武寿賀が魔法で引き寄せて固定した扉の前に向かう。
「開ける瞬間に押し返します、その後にとどめを……風の(スケープトス)!」
 扉を止める魔法が解かれるとほぼ同時に、強い風が押し寄せてくるウェスペルティーリオを押し返す。
魔法刃乱舞(グラディウス・テンペスタ)!」
 可愛らしい詠唱の絶叫が響いた次の瞬間、室内のウェスペルティーリオは荒れ狂う魔法の刃に切り裂かれ、強烈な腐臭が廊下へと流れ出す。
 天野はあまりの臭気に立っている事さえ出来なくなるが、別の詠唱が追い打ちを掛けた。
大地逆転(テッラ・スケイビタス)!」
 別の部屋の制圧に向かった望月は何の躊躇いも無く、室内のウェスペルティーリオをドラム式洗濯機の中身の如く大回転させ、衝撃だけで挽肉に変えてしまったのだ。
「これは酷い……」
 手前に居た武寿賀も思わず呟くほど、強烈な腐臭が立ち込める。
「早いところ、浄化魔法で片付けなくては……もう居ませんか?」
「えぇ、今ので全部よ!」
 返された望月の言葉に、武寿賀は肉片と化したウェスペルティーリオが積み重なる室内に向けて剣を構えた。
「浄化の(ルークス・エスト・ミヌス)!」
 詠唱と同時に、ミスリルの刀身が青白く光り、青黒い皮膚と赤黒い体液は灰色の砂に変わった。彼は続けて、望月が魔術を発動させた部屋も向かい、同じ呪文を詠唱した。
「天野さん、大丈夫?」
 腐臭の立ち込める廊下の奥から戻った醍醐は、うずくまる天野に声を掛けた。
「す、すみません……」
 天野がよろめきながら立ち上がると、前線を一階まで後退させていたアネミースが叫ぶ声が聞こえた。
「援軍が来たぞーっ!」
 単に叫んだだけとは思えない、妙に通る声を聴き、天野は安堵して醍醐と顔を見合わせる。
 だが、暗く腐臭の漂う地下から脱出する事は出来なかった。
 地上では無数の狙撃手が、上空を飛び交うウェスペルティーリオを打ち落とし、流れ弾が窓を突き破らないという保証が無かった。
 アネミースは流れ弾から逃げる様に再び地下へと戻り、これは酷いなと呟いて天野の手からランプを取り上げた。そして、彼もまた同じ様に浄化魔法を発動させ、濡れた残骸を砂に変えていった。
 その頃、待機していた草薙は車の中で頭を抱え、狙撃手の射撃が終わるのをひたすらに待ち続けていた。ウェスペルティーリオの放つ超音波の様な鳴き声も、響く銃声も、もうこりごりだと思いながら。
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