災禍の始まり

文字数 1,994文字

 地球に渡ってきたパゲートスと共に桜花堂で待機していた白銀と明星は連絡を受け、庁舎の周辺を捜索した。そして、立ち並ぶ官公庁のビルの根元、景観を良くしようとして植えられた生垣の下に倒れ込んだ人影を見つけた。
「手遅れね」
 生垣の前に立ち尽くした白銀は、静かに連絡を入れた。
 変死体を発見した、と。
 程無くして鑑識職員を含む警察官が現場に到着し、白銀は近くにあるコンビニに向かう途中、厭な気配がして生垣の下を覗き込んだら死体があったと証言した。彼女の証言は特に不審がられる様子も無く、明星と共に一度庁舎へと戻る事になった。
「排斥集団の罠だったら、どうするつもりだったのかしら……」
 事態の報告を済ませた白銀は係長室の中、眉を顰めていた。彼女は高木に対する仲間意識は持ち合わせていないが、亜人を取り巻く環境に対する関心は十分に持ち合わせていた。地球に留まり続ける理由があるのと同じ様に。
「もしかしたら、あえてそうした集団に危害を加える、そうした災厄をまき散らそうとしたのかもしれませんね」
 武寿賀の考察に白銀は深い溜息を吐き、一層表情を険しくさせた。
「……所かまわず餌を集めだしたという事は、いよいよ」
「でしょうね」
 向けられた金色の眸に、武寿賀はあっけらかんとして答える。
「戦う術も無いのに、どう戦うんですか」
「貴女の持っている剣はエヴィメリアスの鍛えた物だと聞き及んでいますが」
「兄は一人前の刀匠ではありますが、不死なる罪の化身(アサーナタマティーア)を斬れる保証はありません。それこそ、アステリシーのシネーティアウス殿の剣でなければ無理です」
「しかし、貴方は巫術師(サマノス)の血筋も引いているではありませんか。後添の奥方はその血筋ですよね」
「私は巫術師(サマノス)の修業をしていません、知っているのは薬草の使い方だけです……尤も、地球(こちら)に来てしまった父上なら、ミスリルの剣一本でも不死なる罪の化身(アサーナタマティーア)を封じ込められるかもしれませんが……正規の手続きを踏まずにこちらに入った父上をそんな場所に出せる訳もありません」
「でしたら」
「お分かりなのでしたら、不死なる罪の化身(アサーナタマティーア)の災厄を少しでも遅らせる術をお考え下さい」
 白銀の御髪が翻されると同時に、係長室へと向かっていた慌ただしげな足音が止まった。

 特別調査係の執務室となっている部屋の中、金庫に入れていたベラドンナのチンキを手に部屋を出たところで、白銀は呼び止められた。
「黒井さん、どうして此処に」
「緊急出動だ。奥多摩の運動公園施設に反亜人の連中とオークがいっぺんに迫って来てる」
「は?」
「箱根のケンタウルスの一件から、奥多摩にも警備が出ていたが、そいつらがオークを見つけた。それと同時に、反亜人の連中が襲撃予告を出している。だが、オークが近くに居るせいで、子供が閉じ込められている」
 白銀は眉を顰めた。
「オークに反亜人に不死なる罪の化身(アサーナタマティーア)……武寿賀さんは」
「係長室だが、係長は」
「行ってくる」
「おい」
 黒井が肩を掴むよりも先に白銀は走り出した。
「伯父様っ!」
 白銀は確かメモせずに係長室の扉を開ける。
「黒井君の話を聞いていないのですか。駐車場には白石君が」
「オークが現れて子供が閉じ込められてるんですよね? しかも伯父様は出動しないなら、父上の動向を認めて下さい」
「白銀君」
 白銀は机に手を突いた。机上の雑貨が音を立てて揺れる。
「エザフォスでは三月(みつき)に渡って不死なる罪の化身(アサーナタマティーア)が災厄を撒き散らかしていたんですよ? 今の一団が、ただのオークである保証はありません。穢されたオークであるなら、戦力は少しでも多い方がいいのです……別に公式に認めろとは言いません、黙認して下さい、よろしいですか」
 脅すような眼差しで見つめられてなお、武寿賀は口を閉ざしていた。
罪の化身(アマティーア)の一件で伯父様が身動き出来ない事は分かっています。黙認して下さい」
 僅かな沈黙の後、武寿賀は小さく溜息を吐いた。
「そのオークがどういった物か、必ず詳細を私に教えて下さい、いいですね」
「えぇ。私も興味がありますから」
 白銀は係長室を駆け出す。
「白銀さん」
 待ち構えていた黒井の脇をすり抜け、白銀が向かったのは臨時の執務室。自分の刀と明星の刀を掴むと、追いかけていた黒井を見た。
「許可は頂きました、桜花堂を回ってから現地に向かって下さい」
 黒井は訝しげに眉根を寄せる。
「普通のオークなら貴方方で十分ですが、あれは穢されているかもしれません。星の(エルダール)の検視は何人いても不足はありません」
「承知した」
 黒井は足早に歩きだし、白銀はその後を追う。
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