青い星の慈しみ

文字数 1,544文字

 醍醐はミルク味のゼリーが沈んだ烏龍茶と胡麻団子を前にしても、いつもの様には喜べなかった。
「あら、いい物があるじゃないの?」
 開けられたままの扉の向こう、醍醐の背後に声を掛けたのは吉備津だった。
「あ……」
「隣、いいかしら」
 黙ってうなずく醍醐の隣に、吉備津は腰を下ろす。
「昨日の事……聞いたわ」
「……天野さん、酷いですよね」
「そうね……確かに、男の風上にも置けないわね」
 吉備津は苦笑いを浮かべ、醍醐を見遣る。
「でも……人間というか、地球人っていうのは、そういう生き物なのよ」
 醍醐は恨めしげに吉備津を見る。
「人間って、とても優しいの」
 醍醐は思い出す。確かに、天野はとても優しい男である、と。
「ただ、ちょっと優し過ぎるかもしれないわね」
「優しいというか……話せば分かるって、あんな生き物にまで言うなんて、優しいを通り越して、なんだか、情けないです」
 吉備津は小さく笑った。
「それはそうね、彼、ちょっと情けないかもしれないわね。ただ……それが武寿賀さんと違うところなのよ」
 訝しげに眉を寄せ、醍醐は冷めた胡麻団子を見つめる。
「武寿賀さんは、オークなんて下等な存在を増長させる理由は無いと断言するし、最上位のイティメノスは堕落して死ぬ事さえ忘れた哀れな同類だから殺してやるのが情けだと言うわ。でも、私達地球人、人間はそういう風に思わないの。確かに、イティメノスは可哀そうな存在だけれど、私達はそれに同情する。彼等は可哀そうなのだから、救ってあげたいと思う」
「でも……天野さんは、半分ニンフですよね」
「だけど彼は地球で生まれて、地球人として育っているから、オークの脅威に曝され、彼等を憎む事が当然のエザフォスで生まれ育った武寿賀さんとは違う……心を持った生き物っていうのは、生まれ育った場所が違えば、考え方が変わるものよ。貴女だってそうじゃないの?」
「私は……私はオークは危ない物だって知ってますから、身を守る為には、倒さなきゃいけないって思ってます」
「でもそれは此処でオークが凶暴な生き物だと知ったからでしょ? もし、ある日突然悪魔に姿形を変えられたニンフが居たとしたら、そして、それが凶暴だとしたら……貴女はどう思う?」
 醍醐は俯き、呟いた。
「可哀そうかなって思います……だって、悪魔に姿を変えられたニンフには、何の落ち度もないんでしょ?」
「そうね。それと同じなのよ」
 向けられた視線にこたえる様に、吉備津は言った。
「人間っていうのは、同族以外にも、そういう感情を向ける生き物なのよ……だから、あまり彼の事を悪く思わないで。勿論、誰かに危険が迫っている時には、相応の対処をしなくてはならないのは事実だけど、相手に危害を加えるという事が難しいという事も理解してあげて」
 醍醐は黙って結露したカップを見つめる。
「……でも、それなら、どうしてあの人を此処に入れようと思ったの?」
 吉備津を横目に見やりながら、醍醐は酷く不機嫌な表情で問う。
「調査係は危ない事も有るのに、どうして、戦えない、ううん、戦おうとしないような人を入れたの?」
 吉備津は微笑みを浮かべた。
「武寿賀さん達に、人間の、地球人の持つ、慈しみや優しさを知ってほしいから、かしら」
「慈しみ……」
「そう。異形のものを殺す事を厭わず、剣を取る事を厭わず、エザフォスに生まれ育った種族は、地球人よりもずっと戦う事を厭わない。だけど、諍いを好まず、平和的に生きる事を選んだ人間の生き方を、彼らに知って欲しいと思っているわ……手のひらサイズのクロノス星人みたいに、共存する事を前提に姿形まで変えてしまう事は出来なくても……人間の考えを理解し、共生する事が出来る様に、ね」
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