夜明け前
文字数 1,508文字
青き巨星で、人間と亜人の対立が煽り立てられる一方、エザフォスでは新しいアネールと古き星の民の戦争が始まっていた。
北方において星の民とアネールの代理であるオークの戦闘が始まって以来、戦火は着実に南下し東の星の民は態度を決めかねていた。すでに西方には戦えるだけの氏族は残っておらず、最後の砦となるのは南方の氏族だけだった。だが、その両家だけではもはや戦うだけの力はなく、獣人や光の民の戦士をかき集めるしかなかった。
下手をすれば、参戦を促す交渉の席で殺されるかもしれない。そんな極限の状況で行われたのが、明星の一族と白銀の一族の婚儀である。明星には後継者となる男子が一人しかおらず、白銀の後継者には子供がいない。南方の二台氏族が失われる事を危惧したそれぞれの当主は、婚儀による同盟を組み、万一の時はどちらかの家が当主亡き後の一族を引き受ける盟約を結んだ。
祝宴を開く事は出来ないが、盟約を結ぶ席として、ささやかな誓いの儀式が開かれるその夜明け前、白いヴェールを纏ったモニミアネは、今は廃墟となった館の露台から、白み始めた星空を見上げていた。
「後悔しているか」
背後からの問い掛けに、彼女は首を振る。
「後悔はしていません。私は星の民の最高を願っています。ただ……こんな時に、こんな形で、誓いの儀式に臨むのは、少し不本意で、途轍もなく恐ろしいのです……」
これから夫となるプロイアスは獣人の一族に参戦を促すべく、すぐに南方を離れてしまう。その上、彼女の兄のエヴィメリアスもまた、光の民の一族との交渉に臨むべく、館を離れてしまう。それどころか、父親のパゲートスも、嫁ぐ先の当主であるシネーティアウスまでも、この戦の為に館を離れ、いずれ戦場へと赴く。そして、何かあれば、彼女が二つの氏族を束ねる当主となるのだ。
「それでも……この地のオークを殲滅する事が、星の民の最高の第一歩となり、青き巨星の平穏になるのであれば……私は受け入れます」
婚約を反故にされ、生きる事をすぐに諦めてしまう同族への嫌悪を募らせるまま渡った青き巨星。しかし、同じ時の流れを共有する事の出来ない人間とのかかわりを彼女は好まず、山間の古い家と畑の傍で暮らしていた。青き巨星で生きる事も、エザフォスで生きる事も出来ず、ただ、人間が残した剣術だけを慰めに過ごした六十年の歳月。その終わりは、あまりにも呆気なく、残酷な物だった。だが、星の民にすれば一瞬の人生を貪欲に生きる青き巨星の種族の姿に、彼女の覚悟は固められた。
星の民を再興させる事が、この青い星を守る事である、と。
「……もしかしたら、この戦が終わる頃には、青き巨星の一世代がとうに終わっているかもしれませんけど……その時にはまた、青き巨星へ行ってもいいでしょうか」
「モニミアネ」
「あの星は……私には分からない、面白い事が沢山有りました。そんな星が幸せであるなら、その時、私の決断が間違っていなかったと、これが正しい事だったと、思えるでしょうから」
モニミアネの眸がはっきりとパゲートスを捉えた時、儀式に臨む巫女が花嫁を呼びに現れた。
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