エルフは仕事をいなして働く

文字数 2,917文字

「今日から四月になり、学校も新学期になりました。この時期は毎年ながら教育関係の相談が増加し、応援を頼まれる事も有りますが、今年は出来るだけ断る様にして下さい」
 初めての朝礼、新人の天野は挨拶をさせられるのではないかと身構えながらも、気を引き締めて挑まねばならないと背筋を伸ばした矢先だった。
 武寿賀は、天野には理解しがたい言葉を発した。
「どうも星間(せいかん)連絡路の様子が変わっているのか、先月から妙な通報と調査依頼が続いていましたが、これから厄介事になりそうです。調査の手は常に空けておくようにして下さい」
 続く言葉に天野は事情をおぼろげに理解したが、それでも納得は出来なかった。県警の相談室では一人の特別捜査官が複数の案件を同時に抱えている事は珍しくなく、余力があれば一件でも多くの相談に応じていた。
「それと、新しい特別捜査官を迎える事が出来ましたので、本日より醍醐君と天野君の二人を三班とします」
 天野が目を丸くする隣で、醍醐は笑みを浮かべて彼に向き直った。
「よろしくね、天野さん」
「あ、よ、よろしくお願いします」
 天野は慌てて小さく頭を下げるが、醍醐は無邪気な表情を浮かべるだけだった。
「それと、天野君の歓迎会を兼ねて“蝙蝠の巣”で昼食にしますので、十二時半に二階の予約席へ来て下さい。以上です」
 武寿賀は話を切り上げると、早々に部屋を出て行った。そして、同時に望月は立ち上がり、白版(ホワイトボード)を回転させ、天体地図を表に向ける。

「天野さんは天の川銀河とアポロニア惑星群の位置関係についてはご存じよね」
「え、えぇ。確か、二百年位前から急接近して、今の位置関係に落ち着いたんですよね」
「そう。連絡通路(ワープホール)が出来たきっかけも、知ってるわよね」
「えっと……地磁気逆転と地殻変動でしたよね」
「それは地球側ね……エザフォス、貴方方が学名でケプラー777と呼ぶ星の事は?」
「あ、いえ……」
 天野は目を伏せた。天野にとっては母親の故郷であるが、同時に、その母親の影響で苦労してきた過去があり、彼はエザフォスに関する事を知ろうとはしてこなかった。
「エザフォス側の事情は、小惑星ハーデスとデメーテルが衝突して、その破片がエザフォスに衝突した事がきっかけよ。尤も、衝突というには規模が小さくて、流れ星が燃え尽きずに隕石みたいに降ってきただけ……ただ、その破片は他の星にも衝突をしていて、何処にどれだけの連絡通路が生じたかは把握しきれていないし、今も破片が残っている可能性もあるから、新しい連絡通路が生じてしまう可能性があるの」
「でも、地球側の出入り口って変わらないんじゃないの?」
 話を聞いていた瀬戸は、望月を見遣り口を開いた。
「変化する可能性が低いのは火山周辺で近くの活動が活発な土地だけで、植物の影響による出入口は別の植物の影響や枯死によって変化する可能性があるの。特に植物の影響によって生じた連絡通路は出口になる事が多いから、新しい出口が突然生じる可能性は、双方向移動の出来る出入り口の新規出現より可能性が高いわ」
「それで、何が言いたいんだ?」
 前置きの長さに痺れを切らした風見の言葉に、望月は表情を曇らせながら続けた。
「地球の連絡通路は地球とエザフォスの間にしか存在していないけど、おそらくは距離的な理由で、エザフォスにはアポロニア惑星群の各惑星との短絡通路的な連絡通路が発生しているの。その影響かどうかは分からないけれど、エザフォスの星見岬(カエヴィデラ)で異形の生き物を見たという話が多発しているの」
星見岬(カエヴィデラ)?」
 聞き慣れない地名に天野が首を傾げると、向かいの風見が口を開いた。
「エザフォスの土地のひとつでアネール、地球の人間に一番近い種族が暮らす土地だ。それで、その異形の生き物ってのは」
 促され、望月は頷いた。
「青緑の様に黒い肌と一対の角を持った筋肉質な有翼人で、鋭い爪を持っていたと」
羽の生えた人型の魔獣(ウェスペルティーリオ)だね」
 頬杖をついて話を聞いていた瀬戸は居住まいを正して呟いた。そして、その言葉を知らない醍醐と草薙、そして天野は望月を見つめる。
「おそらくはね……地球人には、ガーゴイルと言った方が分かりやすいかもしれないけれど、ウェスペルティーリオは蝙蝠の有翼人、ニフテリザに近い種族よ。とはいえ、見た目は地球人が悪魔呼ばわりするほど醜悪で、知能は低くて狂暴なろくでもない種族よ。本来は惑星アレースやゼウスの不毛の土地にねぐらを持っているわ。緑色の肌を持った一部の氏族は中つ国(アステクシア)の黒い魔法使いに忠誠を誓って、その眷属(けんぞく)として使役されてはいるけど……多くの氏族は従わず、一族を外れたはぐれ者の集団は特にたちが悪くて、各地で悪質な盗みを働いたり、悪さばかりするものだから、エザフォスでは駆逐対象にされているわ」
「それで、その話をするって事は、まさか、なんかの弾みでそいつらが地球に来てるとでも?」
「えぇ」
 風見の問いに、望月は事も無げに答えるが、天野は目を丸くして一同を見回した。
 狂暴な空飛ぶ異形が地球、それも、日本に居るのか、と。
「この一ヶ月ほど、上空からのひったくり強盗や、高層階のベランダから侵入された空き巣が何件もあるの。特に被害者は亜人が多くて、空飛ぶ黒い影や鉤爪を見たという証言もあるけど、確証が無くて捜査が行き詰まっているわ」
「あのさ、被害者は亜人が多いっていうけど、何か理由があるの?」
 首を傾げる瀬戸に、望月も首を傾げた。
「仮説でしかないけど……ウェスペルティーリオは低能とはいえ魔法を使う種族だから、エルフやニンフの持つ魔力に引き付けられている、あるいはそれを目印にしている可能性はあるわね」
「それで、そいつらの根城に目星は付いてるのか?」
 風見の問いに、望月は首を振る。
「それはまだ分からないの。ただ、問題はウェスペルティーリオが都内にいる可能性よりも、上空からの窃盗という手口の所為で有翼人(イカリアス)、特に、翼が蝙蝠の様だったという証言と、窃盗が起きた周辺で不審火が相次いでいる事から、ニフテリザが疑われている事よ」
「だが、疑いを晴らすにも、ウェスペルティーリオの存在を確かめる必要があるんじゃねえのか?」
「それは正論だけど、ニフテリザが火を恐れない有翼人という事で疑われて、嫌がらせを受ける様な事にもなっているの。ウェスペルティーリオの件は窃盗や放火になるから捜査一課と特別機動捜査隊の仕事で、応援要請が無い限りこちらが手を出す必要は無いけど、嫌がらせに関しては調査係の仕事よ。尤も……そこで何か情報が掴めるかもしれないわ」
「どういう意味だ?」
「もし、嫌がらせが人間や他の種族の仕業ではなく、ウェスペルティーリオが関係したものだとしたら、何か掴めると思わない?」
「なるほどな……」
「それじゃ、そういうわけだから、お昼はいつものレストランに集合ね」
 望月が白板を裏返したのを合図に、天野と醍醐を除く面々は立ち上がった。
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