見えない仮説
文字数 1,751文字
惨劇から一夜明け、突然の奇妙な火災に報道は過熱していた。
建物の損傷に対して人命の被害が大きかった事が不審呼び、事件の公表から半日余りにもかかわらず、有識者を名乗る人間は状況の考察すらせずに亜人脅威論を並べ立てていた。
相談室には活動家による業務妨害同然の相談が殺到し、先に発生した不審死事件に関する相談と、このほど起こった不審火災事件に関する相談の窓口を別にせざるを得なくなったが、通常の窓口にも不審死と不審火災に関する相談が寄せられるなど、警視庁本部庁舎内の相談室はもはや機能しなくなっていた。
調査係にもしきりに応援要請が寄せられるが、望月はそれを必死に断り続けていた。相談を受けかねない天野は醍醐と外部へ調査に送り出しているが、同じ亜人でありながら、自分が脅威である事は理解していると、半ば業務妨害を行う活動家に同情する高木が余計な事をしないか、それだけが彼女の気懸りだった。
白石が居れば適当な理由を付けて調査に出したが、この日は瀬戸が非番となっており、黒井と白石が二人で調査に出ているのだ。
天野はこんな時に非番なのかと眉を顰め、高木も立腹した様子だったが、本当に大変なのはこれからなのだから、と、武寿賀は彼女を窘 め、あの店の調査に赴いた。
その武寿賀と、護衛役を兼ねた矢城を含む四人のエルダールは惨劇の現場となった店に居た。
黒く煤けた厨房内は既に消防が調査を終えている。だが、人間の消防士には分からない事があるだろうと、四人は焦げ臭さのこびりついた室内を、黒いマント姿で調べていた。
「特に呪いをかけたような様子は有りませんし……考えたくは有りませんが、罪の化身 の仕業でしょうね」
「そうだとして、あの時店に居た客にそれが憑依していたかどうか、確かめる術は無い」
矢城は眉間に皺を寄せ、険しい表情を武寿賀に向ける。
「それが客かどうかは、まだ分かりませんよ」
静寂を割ったのは、まるで猫でも探しているかの様な声音だった。武寿賀は目を細め、明星を見遣る。
「それはどういう意味ですか、明星君」
「此処だから言いますけど、おそらく、罪の化身 は貴方方の中に居ますよ」
「どういう事でしょうか」
武寿賀は穏やかな口調で言いながら、怪訝な眼差しで明星を見た。
「エピスタニス殿もご存じの通り、この青き巨星 に落ちた惑星ハーデスとデメテール星の破片は三つ。その内のひとつは貴殿の部下である醍醐桜さんを生み出した、おそらくはデメテール星の破片。残るふたつの内のひとつ明治神宮の御神木の傍に落ち、おそらく、これが先頃諸悪の化身 を発生させた草薙獲夢さんが、まだ胎児だった頃、其処に落ちたと考えられます」
武寿賀は目を瞠る。
「そして、最後のひとつは北海道の更に北、択捉島に落ちたとされますが、詳細は残っていません。しかし、北海道と聞いて気になるのが、高木春花さん……彼女は北海道に居た頃、格闘技の道場に居たそうですが……此処で命を落とした二人の蝙蝠人 の若者は、彼女がこちらに赴任する前の頃、北海道を訪れ、ある女性に会ったと語っていたそうです……それが高木春花かどうか、知る術は有りませんが……明らかに、貴殿の部下が訪れた先に、不穏な気配を感じました。あの集合住宅にも、この店にも」
武寿賀は厄介な事になりましたね、と言った。
「しかし、彼女の生まれた年と、星のかけらの落ちた年は一致しませんよ」
「罪の化身 は諸悪の化身 と違って依り代を乗り換えます。諸悪の化身 は依り代を飲み込み斃された者達 に変ずるか、災厄を撒き散らした末に依り代ごと死して消滅するものです」
深い溜息を吐き、武寿賀は言った。
「確たる証拠が無ければ、どうする事も出来ませんね……それはそうと、明星君、今日のお昼は決めていますか」
「は?」
唐突な質問に、明星は目を瞬いた。
「貴方を連れて行きたい場所が有るんです……人間は、あまり好まない場所ですよ」
明星は僅かに首を傾げ、事情を察した。
「じゃあ……そうします」
建物の損傷に対して人命の被害が大きかった事が不審呼び、事件の公表から半日余りにもかかわらず、有識者を名乗る人間は状況の考察すらせずに亜人脅威論を並べ立てていた。
相談室には活動家による業務妨害同然の相談が殺到し、先に発生した不審死事件に関する相談と、このほど起こった不審火災事件に関する相談の窓口を別にせざるを得なくなったが、通常の窓口にも不審死と不審火災に関する相談が寄せられるなど、警視庁本部庁舎内の相談室はもはや機能しなくなっていた。
調査係にもしきりに応援要請が寄せられるが、望月はそれを必死に断り続けていた。相談を受けかねない天野は醍醐と外部へ調査に送り出しているが、同じ亜人でありながら、自分が脅威である事は理解していると、半ば業務妨害を行う活動家に同情する高木が余計な事をしないか、それだけが彼女の気懸りだった。
白石が居れば適当な理由を付けて調査に出したが、この日は瀬戸が非番となっており、黒井と白石が二人で調査に出ているのだ。
天野はこんな時に非番なのかと眉を顰め、高木も立腹した様子だったが、本当に大変なのはこれからなのだから、と、武寿賀は彼女を
その武寿賀と、護衛役を兼ねた矢城を含む四人のエルダールは惨劇の現場となった店に居た。
黒く煤けた厨房内は既に消防が調査を終えている。だが、人間の消防士には分からない事があるだろうと、四人は焦げ臭さのこびりついた室内を、黒いマント姿で調べていた。
「特に呪いをかけたような様子は有りませんし……考えたくは有りませんが、
「そうだとして、あの時店に居た客にそれが憑依していたかどうか、確かめる術は無い」
矢城は眉間に皺を寄せ、険しい表情を武寿賀に向ける。
「それが客かどうかは、まだ分かりませんよ」
静寂を割ったのは、まるで猫でも探しているかの様な声音だった。武寿賀は目を細め、明星を見遣る。
「それはどういう意味ですか、明星君」
「此処だから言いますけど、おそらく、
「どういう事でしょうか」
武寿賀は穏やかな口調で言いながら、怪訝な眼差しで明星を見た。
「エピスタニス殿もご存じの通り、この
武寿賀は目を瞠る。
「そして、最後のひとつは北海道の更に北、択捉島に落ちたとされますが、詳細は残っていません。しかし、北海道と聞いて気になるのが、高木春花さん……彼女は北海道に居た頃、格闘技の道場に居たそうですが……此処で命を落とした二人の
武寿賀は厄介な事になりましたね、と言った。
「しかし、彼女の生まれた年と、星のかけらの落ちた年は一致しませんよ」
「
深い溜息を吐き、武寿賀は言った。
「確たる証拠が無ければ、どうする事も出来ませんね……それはそうと、明星君、今日のお昼は決めていますか」
「は?」
唐突な質問に、明星は目を瞬いた。
「貴方を連れて行きたい場所が有るんです……人間は、あまり好まない場所ですよ」
明星は僅かに首を傾げ、事情を察した。
「じゃあ……そうします」