守るべきもの

文字数 1,985文字

 天野は調査係とは別の警戒班と共に、廃屋の周辺を調査していた。
 醍醐は彼らの後ろに続き、オークの痕跡を探す。
「あ……」
 天野は電柱の陰に佇む人影を見つけた。
「あの」
 声を掛けた時、振り向いたのは黒い髪と黒い肌を持った何か。
「ニン、フ」
「え?」
「ニンフガ、イタゾ! ニンフガ、イタゾ!」
 獣が人の言葉を発する様な、おぞましい声が響く。
 先頭を歩いていた特別機動捜査隊の隊員は、非常用のサバイバルナイフを抜こうとする。だが、黒い何かはその行為を見透かした様に彼を蹴り倒し、天野を薙ぎ払って醍醐に迫った。
「いやーっ!」
 押し倒された醍醐の目の前に迫ったのは、街灯に照らされた黒い肌と、血に汚れた様な太い牙。
「や、やめろ! 此処で、此処でそんな乱暴をしたらいけない!」
 身を起こした天野は声の限り叫んだ。
「ヤロウドモ、ニンフダ、ニンフガクエルゾ!」
「駄目だ! 此処じゃニンフは食べ物じゃない!」
 天野は醍醐を圧し潰そうとする黒い影に体当たりしようとした。だが、彼の身体は黒い拳に打たれるまま倒れ込む。
「こ、此処じゃ……」
 不穏な足音が街頭の元へ近付いてくる中、風を切る音が路地を駆け抜ける。
 アネミースは黒い血に汚れた手で、住宅地の中である事にも構わず矢を撃ち放った。
 横へ、後ろへ、前へ、彼は何度も矢を放つ。斃された者達(イティメノス)を黄泉へ送らんとする矢は、残酷なほど何度も撃ち込まねばならないものだった。
 やがて、ひとつの街灯を中心に、四体のイティメノスの躯が転がる光景が出来上がる。
「この愚か者! さっさと応援を呼ばんか!」
 アネミースの怒号に、天野は慌ててスマートフォンを取り出した。

 あの廃屋の庭で、天野が犯した罪は大きかった。
 逃がした内の十体は廃神社へと戻り、草薙を襲撃した。残る四体は住宅地に散らばり、特別機動捜査隊の隊員一人を負傷させ、醍醐を食おうとした。
 眠れぬまま迎えた朝、天野は真っ先に係長室に呼び出されていた。
「私は見つけ次第駆除しろと言ったはずです。どうしてすぐに攻撃しなかったのですか」
 武寿賀の言葉に、天野は縮み上がりそうになるのを堪え、反論した。
「話せば……話せば分かると思ったんです。彼等には言葉が通じるかもしれない、だったら、いきなり攻撃するのではなく、話がしたかったんです」
「話せば、ですか……あんな下等種族に、一体何を話すというのです?」
「下等種族って……」
「下等種族でなければなんなのですか。女子供を食らい、虐殺を働き、我が世界のみならず青き巨星(ブレ・メガロフィガリ)にまで災厄をまき散らすのがオークですよ?」
「でも……それは、彼等が生きている世界と、僕達の生きている世界が違うだけで」
「我々は同じ世界(コズモース)に居ながら、脅かされ、戦わざるを得なくなり、増え続けるオークに頭を抱えてきたのですよ?」
「で、でも、それは、対話もせずに、共存しようとしなかったからではないんですか!」
 天野は自らを奮い立たせる様に叫んだ。だが、武寿賀の眼差しはますます冷ややかになるばかりだった。
「オークは闇に囚われ堕落したエルダールの成れの果てです。我々にしてみれば、殺してやるのが情けです。そんな事も知らずに、人間の理論で道徳観を押し付けないで下さい」
「でも! でも係長が今居るのは地球です! エザフォス星ではありません!」
 天野んひっしの反論にも武寿賀は静かに目を細めるだけだった。
「えぇ、此処は別の星ですよ。しかし、オークのしている事は同じです。その上地球人は非力だ。それでも貴方はオークを殺すなと?」
 天野は反論に困り、思わず目を伏せる。
「私は貴方方に、見つけ次第駆除するようにと言いました。勿論、殺す事にためらいがあって失敗したというのは、致し方ない事かもしれません。貴方に殺生を働けと言うのは荷が重かったかもしれません。しかし、一度ならず二度までも、貴方よりも非力な醍醐君が目の前で食われかけているにもかかわらず攻撃をしなかったのは愚行そのものです。もし、次に我々の不利益になる振る舞いを見せたなら、相応の報いを受けると覚悟しておきなさい」
 武寿賀は冷徹に吐き捨てると、天野を残したまま係長室を出て行った。
 確かに、オークは残虐で野蛮である。しかし、天野は殺す事だけは受け入れられなかった。
 彼は、相手が別の種族であるからと言って迫害してはいけないと信じていた。
 天野は顔を上げ、自分の正義を貫くのだと決を新たに、部屋の明かりを消した。
「あ……」
 執務室に向かおうとすると、向かいから歩いてきたのは黒いワンピース姿の醍醐だった。
 二人は顔を見合わせる。醍醐の表情は、恨めし気な物だった。
「あ、あの」
「天野さんのバカっ!」
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