同じ星空

文字数 1,398文字

「やっぱりお外だと、沢山生りますね、プチトマト」
「そうですね」
 春から初夏にかけて放置されていた畑は酷い有様だったが、数日がかりで草を刈り、鉢植えを据える場所も整えた。
 武寿賀はそんな畑から、白銀が暮らしていた広い家を見る。かつては剣術の道場を構えていたらしい古い日本家屋に、彼はエザフォスの館を思い出す。
「それにしても、意外です」
「何がです?」
「おじいちゃんが畑仕事をするのが、なんだか不思議に思えるんです」
 武寿賀は小さく笑った。
「エザフォスに居た頃には、よく菜園に居ましたからね……南方の土地は必要な物がすぐに育てられますし、船を出して少し南へ行くと、珍しい香辛料もたくさん手に入りましたから」
「エルフさんも畑仕事をするんですね」
「南方のエルフはそうですね……よく言われた物です、南のエルフはオークに次いで頑丈だ、と」
 醍醐は首を傾げた。
「おそらくは、陽の光、光の力を最も受けてたからでしょうね」
「光の力、ですか……」
 醍醐は空を仰いだ。
「そうです。しかし、闇の力、悪意や悲哀といった闇の感情は、簡単にその光を奪ってしまう、世界はいつも、その(せめ)ぎあいが続き、均衡が保たれるものだと、私達は考えています」
「……人間も同じですね。悪意と正義が、いつまでも戦い続けているんですから」
 醍醐は目を伏せる。
「しかし、悪意と正義は、光と闇火度はっきりしていない分、厄介です。誰かにとっての正義は、誰かにとっての悪意かもしれませんし、その逆もまたしかりです」
「難しいですよね、人間って」
「心を持つ以上、その鬩ぎあいは終わらないでしょうから、何処に居ても、同じですよ」
「何処に居ても、か……」
 醍醐は再び青い空を見上げた。天野もまた、奥多摩の森の奥で、この空を見上げているのだろうかと思いを馳せながら。
「さて、今日の仕事はこのくらいにしましょうか」
 武寿賀はバケツに鎌を戻し、納屋へと向かう。
「待って!」
 醍醐は武寿賀を呼び止めた。
「何ですか?」
「ひとつ、聞きたい事があるんです」
「何でしょう」
「地球から見える星空と、エザフォスから見える星空って、違う物なんですか?」
「そうですね……天体同士が接近したとはいえ、地球からエザフォスは肉眼で見える物ではありません」
「そう、ですか……」
 残念そうに俯く醍醐に、武寿賀は微笑みを浮かべた。
「しかし、ハーデスとデメテールのかけらがこの星に降り注ぐ様に、果てしない星空は、確かにつながっている物ですよ」
「そう、ですよね……」
 醍醐は顔を上げ、悲しげに笑って見せた。
「……人間の血は、獣人(サテュロス)より長くとも、ニンフほどは長くありません。今貴方が望む事に後ろめたさが無いのなら、そうすればいいんですよ」
 武寿賀の言葉に、醍醐の表情は再び曇る。ただでさえ虐げられている混血の彼の傍に自分が居れば、地球人として生きる彼を苦しめてしまう様に思われて。
「星はいつか輝きを失い、燃え尽きてしまう物です。同じ星を見たいと願うなら、そうしなさい」
 再び歩き出す武寿賀の後ろで、醍醐は空を見上げた。
 今はまだ、都心の至る場所で反亜人の抗議が行われているが、亜人相談室調査係の解散後、警察は組織を再編し、その鎮圧に乗り出している。それが功を奏したなら、もう一度、あの摩天楼の街へ行こう、と。
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