宿命の戦士

文字数 1,794文字

 中つ国(アステクシア)の南、プラティーナの館に四人が揃うのは数年ぶりの事だった。
 婚約者が突如として黄泉へ渡り、婚約が白紙になってしまった事に激昂し、エルダールの世に蔓延する厭世観に絶望して青き巨星(ブレ・メガロフィガリ)に渡ったモニミアネは縁談話を持ち出される事を恐れていたが、この日、それは話題に上らなかった。
 それもそのはずだ。母親が黄泉へ渡った事に腹を立て、館を継承する事に嫌気が差すままに飛び出し、遂には百年を少し上回るほど青き巨星(ブレ・メガロフィガリ)に留まっていたエヴィメリアスが館に戻ってきたのだから。
 しかし、エヴィメリアスは館に長居しなかった。彼は自らが鍛えた三本の槍を携え、プラティーナの白馬を駆って北を目指すのだ。
「半ば、私は人質か……」
 白馬を駆り、北を目指す兄の後姿を見送りながら、モニミアネは溜息を吐く。
 彼女は決して青き巨星(ブレ・メガロフィガリ)が好きなわけではない。それどころか、星の民(エルダール)以外の種族に対しては酷く排他的なのである。だが、生きる事を簡単に諦める同族への嫌悪を募らせた結果、彼女が愛したのは彼女の世界(コズモース)には無い美しい刀だった。
 彼女は間も無く、地球でとある勤めに出なければならない。刀剣の歴史ある山陽の家を出て、彼女が向かうのは東京の、それも、皇居を望む桜田門のはずだった。
 だが、その前に彼女の兄は重大な決断を下し、彼女は中つ国(アステクシア)でも、青き巨星(ブレ・メガロフィガリ)でも、それに巻き込まれる事になってしまった。
 兄妹はそれを口にしなかったが、家臣が永遠の暇乞いをし、勢いの衰えた一族の屋敷はすっかり荒れていた。特に、今よりも多くの家臣を抱え繁栄していた頃を知るエヴィメリアスにとっては、光を失った屋敷の光景は、幼い頃、両親と過ごした僅かな幸せの記憶が失われてしまう様に思うほどだった。
 生まれた頃には既に衰退が始まっていたとはいえ、モニミアネにとっても荒れ果てた屋敷の庭の光景は、痛々しく感じられていた
「モニミアネ……」
 呼ばれ、彼女は振り返る。
 白銀の御髪を湛えた男は、いつだって無表情でありながら、その表情のどこかに悲しみを宿している。
「父上……縁談の話なら……」
 水の枯れた噴水へと歩きながら、モニミアネは呟いた。
「私は……星の民(エルダール)の繁栄を願っています。ですから……いずれはと思います。しかし……あんなにも私に思いを寄せながら、身勝手に私を置き去りにするような相手しかいないなら……私は星々の潰える様を、見届けてやるつもりです」
 再び白銀の御髪を湛える男を見た彼女の眸には、自らを放り出した無責任な婚約者への怒りと同時に、敬愛する兄を無言で捨て去ったその母親に対する怒りさえも宿っていた。
 彼女は溜息を吐くと、つる草の絡みついた古木を見上げる。
「本当なら、伯父上の所に行くのも気は進みません。しかし……こうなった以上、私が人質として青き巨星(ブレ・メガロフィガリ)に留まる事で、兄上のお役に立てるのであれば……私はそうしなくてはなりません。私は博識なる者(カタノイト)の誇りを穢した伯父上を許してはいませんし、我が一族に生まれた光の民(フォスコイノス)と顔を合わせる事も忌々しく思います。それでも……カタノイトスの当主、賢明なる者(エクシプノス)の娘として、務めを果たして参ります……星の民(エルダール)が軟弱な種族ではないと、証明する為にも」
 白銀の御髪を湛えた男は目を細めた。
 自分の父、彼女にとって祖父に当たる先代の当主は、南の領地へと侵攻してきたウルクの軍勢と戦い、壮絶な戦士を遂げた。それは、彼女とその兄が生まれるよりも前の事だった。
 敬愛する父を討ったウルクに死の一撃を与えたのは後継者だったアスプーロである。男はその時、兄がこの一族を継承するに相応しいと感服していた。
 だが、アスプーロは偶発的な事とはいえ、渡った青き巨星(ブレ・メガロフィガリ)から戻らず、全てを男に任せたのだ。
「モニミアネ……いや、誇り高き者(ウペリパーニア)。お前はやはり勇敢なる者(イエネオス)の孫娘だ……しかし、必ず帰ってきなさい……お前に相応しい婿を、探して待って居る」
 彼女はどこか苦々しげに笑った。
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