賢者の暴挙と美声の乱舞

文字数 1,730文字

「くそ、降ってくる数が尋常じゃねえな……隊長さん、悪いが、一度射撃を止めてくれ。中に戻って先遣隊と話をしてくる」
 ライフルを手に駆除にあたっていた風見は射撃の中止を申し出て、射撃の中止が下されると同時に建物の中へと駆け込んだ。
「おーい、みんな無事かー?」
 来た道を引き返し、地下に向かった風見の姿を見ちけ、最も安堵したのは天野だった。
「風見君、君こそ無事で何よりです。それより、駆除の方は」
「尋常じゃない数が降ってきて、撃っても撃ってもキリがありません」
「そうでしたか……」
 武寿賀は眉を顰め、風見は首を傾げる。
「先ほどまで、何故此処に、此処まで多数のウェスペルティーリオが居るのか考えていたのですが……今はエザフォスとアレスが接近する時期なんです」
「それって……」
「彼らはもともと、惑星アレスやゼウスの不毛な土地にねぐらを持つ生き物です。そして、アポロニア銀河は惑星間の距離が、天の川銀河に比べて大変に狭いものですから、直接移動でエザフォスに集まったウェスペルティーリオが、この近くにある連絡通路(ワープホール)を通して地球に移動し、此処に集結しているのではないかと」
 風見は血の気が引くのを感じた。それでは、駆除に終わりが来ないのではないか、と。
「出現原因の連絡通路(ワープホール)には心当たりがありますので、私とアネミースで調査に向かおうとは思いますが……まずは上空の一団を多少なりとも縮小させなければなりません。風見君、申し訳ありませんが、特別機動捜査隊の方々に退避するよう伝えて下さい。これから屋上に出て、落としてきますので」
「お、落とすって……武寿賀さん」
「我々の心配はしないで下さい……行きますよ」
 武寿賀は話を切り上げると、望月と瀬戸、そしてアネミースを伴って屋上へと向かう。
 風見は外に戻ると特別機動隊に屋内退避するようにと告げ、草薙を連れ出した。
「ほんと怖かったよー、うるさいし、いっぱいなんか降ってくるし」
「すまないな、暗くなる前に撃ち落さなきゃならないと思って、ずっとそのままにしちまって」
「もー、ホントだよー?」
 草薙は心底安心した様子で屋内に入り、此処なら安全だと胸を撫でおろした。
 だが、それも束の間でしかなかった。
 屋上に向かう一行は、屋内に流れ込む個体を押し倒しながら、屋外を目指した。そして、望月と瀬戸は出入り口で攻防を続けながら、武寿賀はアネミースのランプで舞い降りる個体を蹴散らしながら、超音波発生装置の電源を入れた。だが、上空にも影があり、指揮系統は狂わなかった。
「仕方がありませんね……アネミース、ちょっと叫んでくれませんか?」
「は?」
 アネミースはあからさまに表情を歪め、武寿賀の顔を見た。
「魔法で増幅しますので、ちょっと声を出して下さい」
 アネミースが武寿賀の言葉を理解するよりも早く、武寿賀の手がアネミースの伸びた。
 その刹那だった。
 武寿賀は、肉付きの薄いアネミースの脇腹を、目いっぱいに摘まんで捻り上げた。
 突然の痛みにアネミースが声を張り上げた瞬間、屋内に居た獣人(サテュロス)達は一斉に耳を塞ぎ、上空を旋回していたウェスペルティーリオは次々と墜落した。
「は、放せ、アスプーロッ!」
 武寿賀が凶行に及んだ右手を放した瞬間、美しい声が不穏な呪文を叫んだ。
大乱舞(テンペスタ)!」
 完全に日が沈む直前の空から不穏な影が消えた次の瞬間、落ちた黒い影は大回転しながら何度もコンクリートに叩き付けられ、食えない鳥の挽肉になった。
「これが雉肉なら、今夜は雉鍋が出来たでしょうにねぇ」
 武寿賀はわき腹をさするアネミースにランプを差し出し、自らは剣を抜いた。
「さぁ、片付けますよ」
 武寿賀は剣の切っ先を屋上の広場に向ける。アネミースは恨めしげに武寿賀を一瞥し、惨劇の方へランプを差し出した。
「浄化の(ルークス・エスト・ミヌス)!」
 白い光が、生々しい残骸を水たまりを、砂へと変えてゆく。
「明日は黄砂どころじゃない騒ぎになりそうだね」
 足元の残骸が砂に変わる中、瀬戸は望月を見た。
「そうね」
 望月は溜息を吐く様に返し、肩を竦めた。
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