ゴブリンを探せ

文字数 1,923文字

 雑に食われた獣、樹皮の様な肌の異形。それは、オークの存在を示唆している物だと武寿賀は結論付けた。
「先日発生した強盗と婦女暴行は夜、街頭の乏しい公園の傍で起きています……人通りは殆ど無く、住宅からも少し離れた場所ですから、剣を抜いても問題はあまりありません」
「おとり捜査、ですか」
「やってくれますね?」
 風見は苦い表情を浮かべており、醍醐や草薙も不安げな表情を浮かべ、天野は震える様に全員の顔を見回すだけ。そんな中、最初に口を開いたのは瀬戸だった。
「ニンゲンが、物証が無いと動いてくれないっていうんなら、やるしかないよね」
「そうね……地球人はオーク、そして、その上位種のウルクがどれほど厄介で危ない物か知らないから、事なかれ主義のままで居るのだろうけど……襲われた方も居る以上、実地調査をするしかないわね」
 言って、望月は草薙や醍醐を見た。そして、武寿賀に問うた。
「係長、戦力は十分に確保出来ますか?」
「八王子のホラニアス殿にも協力をお願いします。彼は本物のウルクと対峙した事が有りますからね」
 風見は溜息を吐き、言葉を続けた。
「日が暮れてからじゃあ大した戦力にはなれねえが、出来る限りの事はするぜ」
 風見の言葉に、醍醐と草薙は顔を見合わせる。
 やるしかないのだ、と。
 こうして、調査係は日没を前に再び郊外へと移動し、件の女学生が異形らしき影を見た付近にある公園に出た。
「街灯が壊れてるみたいですね」
 望月が視線を向けた先には、確かに街灯があった。
「年度の終わりに予算が執行されれば、直す物じゃないんですかね」
「もしかしたら、予算の執行が決まった後に壊れて、今年度の予算が決議されないと、直せないのかもしれません。市民サービス的には良くないですけど、時期が悪かったとしか」
「ニンゲンって、ほんと、どうしようもない生き物だね」
 天野の言葉に呆れて肩を竦めた瀬戸の手には、物騒な物があった。
「あ、あの、せ、瀬戸さん、それ」
「ホラニアス殿が、警察官の拳銃程度じゃ小石を投げるほどの効果しかないっていうから、散弾銃を借りてきたんだよ」
「さ、散弾銃……ヒグマでも倒せそうですね、それなら……」
「しかし、それも相手がウルクなら石を投げるほどの効果しかないでしょうね」
「え……」
 武寿賀の言葉に、天野は背筋が凍る思いをして振り返る。
「天野君、多少は長物の使い方も心得てはいますよね」
「え、あ、はい」
「なら、これを持っていて下さい」
「え、えぇえっ?」
 武寿賀が天野に手渡したのは、ミスリルの穂を持つ手槍だった。
「先端はミスリルですから、貴方の力でも十分に突き刺せるでしょう。頭めがけて突き刺せば、貴方が逃げるだけの猶予は稼げるはずです。その間に我々が駆除しますから、自分の身は、自分で守って下さい」
「は、はいぃ……」
 殆ど明かりの無い空間でも、僅かに光っている様に見えるその穂先を前に、天野は震え上がった。
「不穏な気配が近づけば青白く光りますから、気配が無くとも、光れば何かが居ると思って下さい」
 天野は恐る恐る槍の穂先を見遣る。まだ、青白く光ってはいなかった。
「それでは、調査を始めましょう。草薙君はあちらの道路に出てください。もし、個体に遭遇しても交戦はせず、こちらに戻る様に、いいですね」
「はーい。それじゃ、行ってきまーす」
 草薙は軽い調子でそう言って暗い通りに向かう。
「ウルクはエルダールを嫌います、適度な距離を保ったまま、護衛をお願いします」
「分かりました」
 灰色のマントを被った望月は、静かに草薙の後を追う。
「それじゃ、僕は其処の屋根に居ればいいのかな」
 瀬戸は公衆トイレの建物を見遣った。
「登れますか?」
「あのくらいなら大丈夫ですよ」
 散弾銃を持った瀬戸は、一段高い屋根からウルクを狙撃するべく準備に掛かる。
「ねえ、本当に此処に居なきゃダメなの? 暗くて、寒くて、気味が悪いです……」
「この公園の周辺に居る分には、我々が付いていますからあまり心配しないで下さい。貴方はただ、其処のブランコに座って居ればいいんですからね……天野君は滑り台の方で待機して下さい、私はウルクに勘付かれない場所に居ますので」
 武寿賀もまた灰色のマントを身に着け、そのフードを被る。すると、彼の姿は闇に溶けた様に薄れ、天野には気配さえも消えた様に感じられた。
「天野さん……」
 醍醐は不安げに天野を見上げた。
「大丈夫ですよ、近くには、この前のエルフさんも居るみたいですし、何かあれば、僕も出来るだけの事はします」
 醍醐は俯きがちに、半ば観念した様にブランコへと進んだ。
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