混血男子の憂鬱

文字数 1,992文字

 天野照彦は人間の父親とニンフの母親を持つ、典型的なハーフだ。艶やかな黒髪は父親譲りで、灰色でオパールの様な光沢を持った眸は母親譲りである。
 しかし、この母親譲りの眸は社会人となった彼をただ不幸にしていた。
 教師に勧められて田舎の公立高校から町の市立大学へと進学し、無難な社会学部でそれなりに勉強をしながら公務員を目指た彼は無難な公務員生活を送るはずだったが、役場に入ってからの二年間は酷い物だった。
 当初は保険年金課に勤めていたが、不思議な光沢のある瞳は不気味がられ、窓口対応には向いていないと半年で配置換えをされ、過疎も極まった地域の市民センターに出向させられた。だが、その眸を見た老女が腰を抜かした為、三ヶ月足らずで再び配置換えを受け、年度が替わるまでの間、閑散とした僻地の平日は誰も来ないようなスポーツセンターに出向させられた。
 ようやく役場での仕事に戻れたかと思えば、誰もがやりたがらない生活給付金の申請窓口に立たされる事となった。認定基準を満たしていない申請を退け、給付を抑制する為の悪質な水際対策が横行する窓口だったが、彼を置けば気味悪がって誰も来ないだろうと人事は判断したらしい。
 そして、その判断は間違っていなかったが、給付を受ける必要がある市民も近寄れないと苦情が相次ぎ、またしても三ヶ月で配置替えとなった。結果として入庁二年目にして四ヶ所目の配置替えとなった先は福祉課で、ゴミ屋敷の清掃や身寄りの無い偏屈な老人を訪ねる聞き取り調査を半ば押し付けられていた。だが、やはりその眸が人工の監視カメラの様で不気味であると苦情が入り、更なる配置替えとなってしまった。
 最後の仕事は、滞納された保険料の支払いを促す年金保険課の外回りだった。元居た部署ではあったが、苦情を引き寄せる厄介者として冷遇された挙句、訪問先の老人が人の生活を盗み見るロボットが来たと大騒ぎをして彼に物を投げ付けた事が警察沙汰となり、退職に追いやられるに至ったのだ。
 だが、出動してきた警察に対し、市役所側は全ては彼の責任だと言い放ち、彼は警察署のロビーで饅頭を差し出されながら事情聴取を受ける事になった。そして、彼の話を聞いた警察官は、もう一度事情聴取の体で警察署に来れるかと尋ねた。役所の仕事も恐らくなくなるだろうと考えた彼は大丈夫だと返し、予想通りの謹慎処分を受けた数日後、再び警察署を訪れた。
 それが運命の出会いだった。
 彼を待っていたのは理想的な職業婦人(キャリアウーマン)風の女性で、彼女は洒落た焼き菓子を手土産に彼が受けてきた仕打ちを事細かに聞き出した。そしてその最後に転職という言葉を切り出した。
 ――私達にとって、貴方はダイヤモンドの原石と同じよ。
 彼は警察も引き抜き(ヘッドハンティング)をする物なのかと驚いたが、職を失う事も確実となった当時、断る理由はなかった。
 ――貴方が退職した頃に、此処の事務職員って事で求人を出しておくから、職安から面接を受けてちょうだい。話は採用されてから、またね。
 こうして彼は一年三ヶ月ほどの役所勤めを終え、警察署の中で働くようになった。
 しかし、あの女性が何か含みを持たせていた事を思い出す暇も無く、彼は折に触れて格闘術や射撃訓練に連れ出され、果ては剣の稽古までつけられる様になっていた。
 そして半年が過ぎようという頃、中途半端な時期に転勤の辞令が下され、次なる職場である県警本部の亜人相談室へと向かう事が決まった。
 亜人相談室は県警本部など大きな警察署が抱える亜人専用の相談窓口であり、訪れるのは殆どがケプラー777星、彼等が言うエザフォス星から来た人型宇宙生命体である。
 亜人相談室は警察の一組織であり、職員は特別捜査官の肩書を得ているが、その役割は問題の仲裁や環境整備の手配であり、職員は福祉関係の職に就いていた者や法律の知識を有する者、時には土木建築に詳しい者と各方面の知識や技術が集結している。彼は役所で窓口対応に従事し、行政手続きの流れをよく理解している点で官吏的な役割を期待され、その通りに働いた。
 だが、それも長くは続かなかった。
 さらなる転勤の打診があったのだ。
 ――警視庁の特別捜査官が不足していてね。特に人間社会をよく理解している官吏出身者は重宝されるはずだよ。
 上司からの打診に、彼は困惑した。県警本部のある町よりもずっと人口が多く、育った田舎町からは想像もつかない都会への異動は、嬉しさの反面不安も多かった。
 ――君を引き抜いた吉備津君も警視庁の一人だし、悪い様にはならないだろう。
 理不尽な配置換えの挙句退職に追い込まれた自分を助けてくれた恩人が居る。彼は恩返しをするのは今だと、転勤を承服した。
 それから二週間、彼は複雑怪奇に走り回る地下鉄の駅へと足を踏み入れていた。
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