72/ ラルヴァとレムレス

文字数 2,986文字

綺音紫はな、レムレスなんだよ
 それが魔物の種族名らしいということは、今更確かめるまでもなかった。

レムレスってーのはラルヴァと真逆の存在でな、

あっちが人の憎悪に縛られるのに対して、

レムレスは生きてる者が先立った者を惜しむ気持ちに縛られ、

魂が転生し損ねてこの世に留まってしまう。


けどな。最初はいくら違う存在だったからって、

魂だけでさまよわなけりゃならないってのはきっついもんだぜ。

正気を保っていられない程にな。

だからレムレスも、遅かれ早かれラルヴァになっちまうのさ

 近い将来、仲間を喪ってしまうことがわかった時、俺は魔物達に「仲間をラルヴァにしたくなかったら、その死を受け入れろ」と再三に渡って説かれたものだった。その真の意味が、今、ようやく目の前に突きつけられた。




キネ先輩は、事件が少年法と絡んで報道されたせいで、

島中の人間に同情されたんだな

そんで、このなんとか団体に広告塔として利用されたってわけだ。

この活動が実って、十八歳から成人と同等の刑事罰が下せるようになったんだろ?

 魔物であるマージャがこうも詳しいわけは、俺にもわかる。政治経済の授業で法律の項目において少年法を学ぶ際、この話題が取り上げられた。この法改正以降も少年事件はなくならず、殺人に至る事件を起こした少年、少女の低年齢化が取りざたされるようになって、少年法の適用年齢は更なる引き下げを余儀なくされてきた。




何か言いたそうじゃん
 話すネタが尽きたのか、マージャは俺に話を振る。何か言いたそう、というのは嘘っぱちに決まってる。だって俺は、あまりに凄惨な事実を目前にして、出る言葉なんてひとつだってないのだから。
あのさ……

 苦し紛れに絞り出そうとした一言だった。いつまでも呆然としているわけにはいかない。何より重大な謎を解消しておかなければ。……しかし、その

瞬間起こった異変に、のんびりと会話している場合ではないと察する。マージャも気がついたのだろう、俺にやや先行するように校舎へと目を向けるが、その面持ちには緊張感が足りないような気がした。




音が、消えた?
だなー
 たまたま校庭に人がいなかっただけで、放課後の校舎からは生徒達の喧噪がこの耳に届いていた。それが一瞬の後、消えてなくなった。
アーチ、さっき渡したのを離すなよ
これが? 何だっていうんだ
 先ほどマージャから渡された、魔術式の刻まれた小石。指の感覚がなくなりそうなくらいに握りしめていたそれを、手のひらを開いて奴にも確認させる。
その式はな、綺音紫の幻術を無効にするものなんだ
キネ先輩、魔術が使えるのか?

レムレスの能力だよ。

綺音紫の場合、その力が特別に強いんだ。


何たって島中の人間の思念が結集したものだし。

おまけに彼女は、この学校と自分自身を融合させて、

地脈そのものになったんだ。


要するに、この学校内にいる限り彼女の影響下から逃れられない。

綺音紫は生きて存在する、この学校のいち生徒にすぎないっていう、

彼女にとって都合のい
い幻を見せられ続けるわけだ。


まあ、彼女がいるってこと以外は

普通の学校と何ひとつ変わらないわけだから、

実害はないようなもんだけどな

てことは、この小石を手放した途端……
おまえは今、ここであったやりとりの何もかもを一瞬にして失うだろうな

 ともかく、何が起こったか一刻も早く確かめる必要がある。そのためにはまず校舎に入らなければ。


 最低限それだけをマージャと打ち合わせて、俺達は歩きだした。そこへ。






 苦しめ 苦しめ 苦しめ 苦しめ 苦しめ……




 音のない世界に、どこからともなく声が響いてくる。いや、声ではなく、頭の中に直接届けられている言葉だ。

この声は……

 マージャが、聞き覚えのないらしい声に首を傾げている。一方、俺の方はといえば、その声の主が何者なのか痛いほどよくわかっていた。






 校舎内の想像以上の惨事を目の当たりにして、暗澹とした心境で俺は進んだ。前方を行くマージャは平然と、口笛など吹きつつ歩いている。

これは、ラルヴァの仕業なのかねぇ

断定するのはまだ早いでしょう。

とりあえず、彼に会わないことには

 のんびりと呟くマージャに、この事態で流石に動揺を抑えられなかった俺に呼応して現れたサクルドが答える。




 残暑の空がほのかに明かりを落とし始めた時間、窓から射し込む日光だけでまだまだ事足りる中。その中でなお、煌々と白い光を放っている蛍光灯の下で、生徒達が倒れ伏している。それが今、この学校内の全てだった。こうして歩いている廊下でも、廊下側の大きな窓から覗ける教室内も、同じ有様だった。




 上履きに履き替えるとはいえ決して綺麗ではないだろう床に、うつ伏せで顔面をつける男子生徒に、長い髪を乱して横たわる女生徒。だが不思議なことに、

顔を確認できる体勢で倒れる生徒達は皆、一様に穏やかな表情を見せていた。まるで、何のことはない、自室のベッドで安らかな眠りの中で朝を待っているかのように。




 苦しめ、苦しめ、苦しめ、苦しめ、苦しめ……


 俺には今も聞こえてくる呪詛の声など、眠っている生徒達にはまるきり届いていないかのように思える。……それは、虚しい響きだった。




魔術壁を出さなくってもいいのか?
 マージャは無防備だし、非常事態にはとにかく魔術壁をと指示してくるサクルドが、今回は特に警戒心もなくただ適当に歩いてみようと言うだけだった。

はい。ラルヴァやレムレスの能力は、

魔力によって起こるものではありませんので、

魔術壁を出したところで防ぐことは出来ません

ほっとんど無敵のソースの、数少ない敵ってとこかねー

ご心配には及びませんよ、敦さま。

実のところ、この手の対応はわたしの得意分野です。

敦さまに害が及ぶなどありえません。

もっとも、ラルヴァに付け入れられるのはよほど心の弱い人間か、

運悪く気持ちの落ち込んだタイミングでラルヴァに目を付けられた人間、

くらいのものですけれど

 エメラルドの光をまき散らしながら、わざわざ俺の眼前に飛んできたサクルドの、小さな小さな体が胸を張ってみせる。

さぁて、そろそろ目的の場所に着きそうだけど、

心の準備は出来てっか?

目的、ってそんなのわかってんのか?

おまえの姉さん、そろそろ潮時だって言ったろ。

今夜って言ったのは、ラルヴァも夜の生き物……

ってのも変か、死んでるんだし

だからっ

 イライラをあからさまに促すと、わかったよー、とまた適当にあしらってくれる。いくらなんでも身内の無事がかかってるんだ、笑い事じゃ済まされない。




ラルヴァと関わると一方的に生気を吸い取られるか、

あるいは……お互いの相性が良かった場合、

ラルヴァが寄生した人間の肉体を乗っ取り、

現実に力を行使することがあります

 まどろっこしいマージャは無視して、サクルドが答えをくれる。
相性がいいってのは、どういう意味で?
寄生された人間が、ラルヴァの怨念に共感した、ということです

 ……最悪の想像が、現実のものとして突きつけられた。先程から頭に直接響くような呪詛の言葉は、まぎれもなくアネキの声だった。たとえラルヴァが関わっているとしても、アネキ自身の意思による行動でもあるんじゃないかというのは、十分に予想出来ることだった。


 苦しめ、という一言を延々と繰り返す。その哀れで惨めな彼女の思惑も、俺には何となくわかっていた。

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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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