67/ 約束と決意

文字数 3,350文字

 思った以上に自分が荒い呼吸をしているのに気がついたことで、俺は自分の感覚に音が戻ったのを知った。態勢そのものは全く立て直せないまま、体育道具の隙間をぬって、先を行くふたりを追うのが精一杯だった。


 やがて、異変が現れた。並んだ体育道具がいくつか、まるで石像として彫り込んだのかと言わんばかりの完璧な形で石化している場所に出る。とりあえず、石化した跳び箱に肩をつけたらずるずると力が抜けていき、そのまま地面にへたり込んでいた。情けないが心身共に、立ち直れていないんだ。とりあえずそこで息を整えようとしたら、声が聞こえた。




おまえ、よくそこまでするよなぁ。

いくらおまえがユイノだからって、

元から高泉と友達だったからって。

あいつのためにそこまで体張る義理があるかぁ?

あいつのためだけってわけじゃない。

俺は……ティアーとヴァニッシュが、

あいつを残して死んでいくことにどれだけ未練があったか知ってる!
 

ふたりがいなくなってもあいつを守るってことは、最初、

ティアーとヴァニッシュの力を借りた時からの約束だった。

三人は、守りたいものなんか何もなかった俺に生きる意味を与えてくれた!

 からかうようなマージャの調子に、豊は吠え、噛みつくように反論する。

俺はふたりの代わりに、あいつが死ぬまで、

どう生きていくのか見届けるんだ。

そのためならどんなことだって出来る。

それこそ、元クラスメイトのおまえと戦うのだって何の迷いもない!

 ティアーと、ヴァニッシュと、豊と。三人に、俺の知らない日々と絆があることには気がついていた。しかし、その中には、どうやら俺もいたらし

い。俺なんかのどこにそんな価値があるのかは理解できないが……そんな場合じゃないってわかっていても、豊の言葉に、俺は、様々な思いが一気に湧きあがってくるのを感じた。




約束、ねぇ……

 ぽつり、マージャの呟くのがかすかに聞こえた。ここから表情はうかがえないので、どんな感情が込められているのか、声色から想像するしかない。




うらやましいもんだね。

俺がティアーとした約束なんか、

けっこうろくでもないもんだから

ティアーと?

ああ。俺がソースに近付くのは、あいつ……

ティアーが死んでからにするって約束したのさ。

それまでは俺のこと、仲間にも一切打ち明けないって条件で

……それは、本当の話か

 そう訪ねる豊の声は、こちらもやはり声から推測するしかないが、苦しげなものだった。




おまえだってそこが引っかかってたんだろ? 

俺が魔物だっていうなら、ティアーが気がつかないはずがないって。

あいつ、一日でも多く、何でもない学生生活ってやつを楽しみたかったんじゃね? 

高泉と一緒に、さ。

こう言えばおまえも納得するよな

――だからって、アクアマリン同盟がよくそんな条件を受け入れたもんだな

受け入れたっつーか、俺から言い出したことだし。

俺にだって、人間の学生生活ってやつはずいぶん魅力的だったしな。

ほとんどの奴は食うにも困らず守られた境遇の中にいるくせに、

つまんねーことで不満になったり鬱屈したりして右往左往してんの、

傍目に眺めてっと興味深いよなー。


勉学に励むってのも……

俺がやらなきゃならないことを忘れさせてくれて、

悪くなかった

 その言い様は、確かに過ぎ去った日々を懐かしみ、慈しむものだった。

だけど、ティアーが死んだってことは、それも終わりだ。

実際、あんまりのんびりしてもいられないし、約束も一応守ったし――

あ、そういや柴木の時は別かな。

シヴァの奴に、アクアマリンの方へ今の状況チクられたくなかったら協力しろって脅されて、

ティアーの足止めさせられてさ

ごたくはいいんだよ。てめえの目的は何だ
 今度は明確な殺意をにじませて、豊は言った。

おまえさ、自分はヴァンパイアだから死なないって思ってないか? 

俺はマージャ、呪われた石の種族だって知ってるだろ。


この魔術道具の制御がなければ、

 おまえの全身を一目で石化させることが出来る。


その点、ソースの魔力全開の魔術壁なら、

俺の魔術なんざなーんの効果もない。

反射型でも使われた日にゃあ俺の方が見事な石像になっちまうだろうな。


そうだろ、高泉

 ふたりからうまいこと存在を隠せている……なんてお気楽なことを考えていたわけではない。遠くエメラードやアクアマリンからさえおぼろに感知できるという、ソースの底知れぬ魔力を俺は持っているのだから。
 ある決心をして顔を上げると、目の高さに、エメラルドのような光を放つサクルドが現れた。爪の先ほどか、と思わせるような小さな小さな顔には、穏やかな笑みを浮かべ、音もなく宙を移動し俺の右肩に腰を落ち着かせた。

 俺は立ち上がると、数歩進んで石化した平均台をまたぎ、ふたりの前に立つ。
 ちらり、確認すると、豊の腕はすでに修復が済んでいるようで安心した。
意外とやる気になってんじゃん

ああ。やってやるさ。

おまえがソースを狙ってるっていうなら、

俺がひとりで相手になる

 本当はサクルドも一緒だけど、とは思っただけで口にはしなかった。この言葉は、マージャを牽制するためではなく、豊に俺の意思を伝えるためだから。降り懸かる火の粉を払うのは、俺自身の手でするのだという決心を。

ユイノ。手出しをしたら、

いくらあなたでも許しませんよ

 サクルドが、的確に俺の気持ちを代弁する。
待てよ。おまえ、そいつにとどめを刺せるのか

今までの俺なら難しいだろうな。

だけど今日、今回からは嫌でもそうしなけりゃならない。

豊にそれができるとしたって、

こんな汚いことをまかせきりにしていいって道理はないだろ

だーよなー
 どういうわけかやたらと調子よく、言い換えれば満足そうにマージャが同意を示した。

いくら信頼出来る友達だからって、

頼りきりってーのはよくない。

そんなん男じゃないよな

まあ、簡単に言えばそんなところかな
……敦。本当にそれでいいのか?
 静かに、豊がそう呟いた。ああ、こういう展開での常套句だよな、なんて思いながら。実際に自分が言われてみると、固めたはずの心をこんなにも揺らがせてくれる言葉っていうのもないんだなと感じていた。

そんな風に自分の生きる道を決めちまっていいのかよ。

第一、おまえはそういう人間じゃない

そういう、って、どんな人間のことだよ

自分のためだからって、

人を傷つけるようなことを平気で出来る性格じゃない。

そんなものの考え方をしたことなんかないはずだ

 豊の口調は、思いの外、静かなものだった。どんな感情が込められているのか、意図的に隠しているかのような、訥々とした説得だ。

自分で気付いてるか知らないけど、おまえは引きずるタイプなんだよ。

でなかったら、たかが野良犬一匹死んだってことに何年も固執するかよ

 俺は、感情を爆発させなかった豊にならって、出来うる限り落ち着いて、言葉を選んだ。

みんなが俺のために色々としてくれたこと、感謝してるんだ。

だけど、俺は、自分の命の責任は自分で持ちたい。

俺を守るのに誰かの手を汚させるのも傷つけるのも、もうまっぴらだ。

……俺の望みは、ただそれだけだよ

 そう伝えると、豊の表情がほんの少し動いた。それはいかにも寂しげだったので、こちらとしてもささやかな罪悪感が芽生えてしまうのだった。
 俺の方も、言いながら、どうしようもないむなしさを感じていた。今の自分がどんな表情をしているのか、まるで想像がつかない。

マージャ……いや、市野学。

おまえに恨みはないが、仕掛けてきたのはそっちだ。

今日、おまえを退けることを第一歩にさせてもらうぞ

そりゃあ、望むところだね
 言いながら、マージャは自らのゴーグルに手をかける。その動きが緩慢なことに、俺は疑問を抱いた。本気でやりあおうというには、マージャには真剣味というか……殺気が足りないように思える。
 先ほどだって、自ら弱点を教えたりしていたし。あれを信用していいんだろうか。素直に考えたら、罠だと思うべきなんだろうけど。

(  彼の一族の石化魔術の弱点が、

反射の魔術壁だというのは事実です。

マージャが何を狙っているのかまではわかりませんが……  )

 言葉でない意思の伝達で、サクルドから補足があったけど。それが本当なら、まるで自分から殺される気でいるようなものだ。何を考えているんだかわからない。

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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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