48/ 種族の性質

文字数 4,277文字

……さっきから行ったり来たり、何をしているんだ
 ツリーハウス前の広場で、日光がさんさんと降り注ぐちょうど中央に座り込んでいるヴァニッシュに声をかける。返ってきたのは、当たり前といえば当たり前の疑問だった。

 エリスが解散の号令をした時から、ヴァニッシュは何するでもなくぼんやりとここで時間を潰していた。俺が川へ出かけてすぐツリーハウスへ戻り、また下りてきては豊と数分ばかりの会話を楽しんだらそそくさと縄ばしごを上っていく。傍目には、さぞかし無駄の多い、奇異な行動に映ったことだろう。

エリスからの課題で聞き込みをしてるんだよ。

今度はヴァニッシュに訊きたいことがあるんだけど

……別にかまわないが。何の話だろう
 そうつぶやき首を傾げるヴァニッシュの表情には、何となく気が抜けているような気がする。ヴァニッシュは本来、他の仲間以上に気を張り詰めて、周辺に怪しい影がないかと警戒している。そういう性格だ。それがここ最近、こんな風にぼんやりと気を抜いていることが多くなったような。気のせいだろうか……。
その……ヴァニッシュって、好きな女の子、いるか?
……
 返答に、いつも以上の空白があった。

……質問の意図がわからない。

俺は別段、嫌っている相手がいない。

女も男も

 意図なんか、俺にだってわからない。何でヴァニッシュに対してだけ質問が個人的なんだ? ひょっとして、エリスの個人的な関心だったりして。

だからさ、特別に好意のある相手がいるかってこと。

同性でなく、異性で

……好意に特別も普通もあるのか? 

どう違うんだ

 心底わからない、というように、ヴァニッシュはすっかり困ったような顔だ。……まさか、本気でわからないっていうんだろうか。

特別っていうのは、そりゃあ……

いつまでも一緒にいたいとか

……敦には、今しか一緒にいたくない、

なんて相手がいるのか

そう言われると何か違うな……

ふたりきりになりたい、一緒に暮らしたい……

 とりあえず口に出してはみるものの、これじゃあ明らかに伝わらないだろう。ヴァニッシュに言わせれば、今でもみんな一緒に暮らしてるとか、誰とふたりきりだろうが変わらない、なんて続くのが目に見えている。




 誰かへの特別な愛情……親が子供に、親でなくても異性に、あるいは同性でないと駄目だという人もいる。とにかく、友達に対してとは違う愛情を抱く。そういったことを理解出来ないという相手に対して、それをわかるように説明するというのは、こんなにも難しいことだったのか。恋愛感情なんて、ほとんど理屈で語るようなもんじゃないだろうし。




なあ。もしかして、本当にそういう気持ちになったことはないのか?
 純粋な好奇心から、俺はヴァニッシュに問うた。
……そういうって、特別な好意ということか?
ああ
……ない。少なくとも、そんな覚えはない

 嘘をつかない彼のこと、言葉にしているのはまぎれもなく真実なのだろう。そう思いながらも、俺はまだ納得出来なくて畳みかけるように質問をした。




それじゃあ、例えばティアーのことはどう思う? 

他の誰よりも幸せになって欲しいとか、

一緒にいたいとか思わないのか

……好きだ。幸せになって欲しい。

けれど、特別な幸せなんて必要ない。

他のみんなと同じに、人並みに幸せになれたらそれでいい

その気持ちは、俺や豊やエリスやライトやベルや……

要するに、ヴァニッシュが知ってる他の全ての人に対して同じなのか

……不幸になって欲しい相手なんか、いない
だったら……今日、俺を狙ってやって来た相手に対してはどうだ?

……こんな形で出会わなければ、今日、あんな風に命を落とすことはなかったのに。

そう思って、悲しくなる

 ――唖然と、した。ヴァニッシュは、たとえ敵対した相手であっても、かけらほどの憎しみの感情さえ抱かないんだ。


 俺だって、今日ここで死んだ奴らに同情しないわけでない。けれど、そうしないと死んでいたのは俺の方で、見ず知らずの人間に命を狙われるのは迷惑だし、そんな相手に良い感情なんて持てるもんか。




……どうしてそんな顔をするんだ。

俺はおかしいのか?

 俺がどんな顔をしていたのか自分には見えないが、対面するヴァニッシュには何か感じるものがあったのだろう。
おかしくなんかないよ。ただ、すごいと思って

……俺は、すごくなんかない。

誰にも不幸になって欲しくないと思ったところで、

俺に出来ることなんて何もないんだから

 俺が思ってる「すごい」の意味を取り違えているのだろう、ヴァニッシュはどこまでも沈痛にうめくのだった。






 戸を開けて小屋へ入ると、窓のさんに腰かけているエリスと目が合った。あの窓はベルの定位置みたいなものだから、そんな風にしていられるのは今、束の間のことだ。……本当に、今日という一日は、これまで慣れ親しんできた光景を大いに破壊してくれる。正確には、新しい情報を得た俺には、今までと大差ない風景が変わってしまったように見えるだけだろう。

おかえりなさい。どうだった?
 どう、っていうのは。ヴァニッシュの考え方に対して俺が何を思ったか、ってことだろう。

ヴァニッシュは誰に対しても、平等なんだな。

男女とか、敵味方とか、関係なしに。

確かめたわけじゃないけど、年齢も、

友達と親友とかそういう微妙な線引きだってない

ワ―・ウルフには、異性愛――いいえ、性欲がない。

異性愛は性欲に起因するものだから。

ご存じの通り、ワ―・ウルフは死んだ狼が人の姿を得て復活する。


だけど、『生き返った』わけではなく、

あくまで死体が動いているだけ。

ヴァンパイアと違って生殖機能は死んでいるのよ。


子孫を残せないワ―・ウルフ
には異性愛も親子愛も存在しえない。

だからどんな対象にも同じ親愛の情を抱いている。

ワー・ウルフということはつまり、

ヴァニッシュだけでなくティアーもそうだし……

視点を変えればあなたにも同じことが言えるわ

俺も同じ?
 言わんとしていることがよくわからない……ヴァニッシュと同じワ―・ウルフであるティアーが、ということはわかるが、それと俺がどう関わるっていうんだ。

魔物と人間で子を為すケースだってある、エルフのようにね。

けれどそれはどちらかといえば特殊なケースであって、

通常、魔物が人間に、人間が魔物に欲情することはない。

異種族に対して性欲は起こらないのよ。つまり……

 俺はエリスの言葉を追うのに必死ながら、これから彼女が導き出そうとしている事実がおぼろげながら見えてきて。そうして嫌な予感が一気にこみ上げてくるのを感じていた。

ティアーがあなたに親愛の情を抱いていることは間違いないでしょう。

けれど、それは恋愛感情としてではない。

そして、それは敦も同じ。

あなたが抱いている想いは、

女としてのティアーへの愛情ではないのよ

そんなこと、どうしてエリスに断言出来る? 

俺が彼女と人間の島で一緒に過ごしてた頃のことなんか知らないくせに

人間の島での思い出とやらは、

「ティアーとの」、ではない。

「海月涙との」、でしょう

 海月涙……その名前を聞いた時、得体の知れない胸の痛みがあった。ティアーと涙さんはまぎれもない同一人物で、何ら変わるものではないというのに、なんで……。




敦が海月涙に抱いていた想いは、彼女が魔物であり、

それもティアーという、幼い頃に面倒を見た狼だったと知った瞬間に失われたはずよ。

完全な人型の魔物ならまだしも、正体が獣と踏まえた上でなお欲情する人間はいない。

先ほど、ユイノとあの話をした時に、性交の相手としてティアーが思い浮かんだかしら?

 してないでしょう、これっぽっちも。そんな風に付け加えられた一言に、脳が沸騰するんじゃないかってくらいに腹が立った。

好きだっていうのが、必ずそういうことやりたいなんて言い切れるか? 

魔物はどうだか知らないけどな、人間には、

本命だからこそかえってそういう想像したくないなんて奴はいくらでもいるんだよ。

そんなことが根拠だなんて、俺は……

 絶対認めないぞ、と結論付けるつもりだったのに、その言葉を口にするまでに気持ちの高ぶりが収束していく自覚があった。




 まさか、自分自身の思いに確信を持てずにいるっていうのか?




確かめてくる……
 すっかり打ちのめされた心地で、俺はようやくそれだけ呟き、決意した。
確かめる? 何を
俺が異常なのか。そして、彼女が正常なのかを
それは結構。現実を直視してくるわけね
エリスが、ヴァニッシュのことを好きなのに伝えられないのも、それが理由か?

 エリスが彼を特別に想っていることくらい、一緒に暮らして眺めていたら一目瞭然だ。おそらく、ヴァニッシュ本人を除いて、みんなが勘付いているだろうな。




 俺の指摘に、エリスは肯定も否定もしない。身じろぎどころかまばたきさえせずに、まるで時が止まってしまったかのように姿勢を固くして。出ていこうとする俺を黙って見送るのだった。

それで、どうなさるおつもりですか?
 サクルドはまだ姿を消してはいなかったのだが、豊との会話からこっち、一言も口を挟まず沈黙していた。彼女が俺の髪の毛の上で横になっている感触があったから、てっきり昼寝でもしているのかと思っていたのだが。

ティアー、帰りにセレナートのところへ寄るって言ってたろ。

水源までなら近いし、俺も道は覚えてるし

けれど、敦さまがおひとりで行動されるのは危険かもしれませんよ?

全力で魔術壁出しっぱなしにする。

そうすればどんな攻撃にだって耐えられるんだろ?

それはそうですけれど、

防御だけで相手を退けることは出来ません

ツリーハウスからそう離れるわけじゃなし、誰か気付いてくれるさ

敦さま……そんな行き当たりばったりの策は

あなたの性格にそぐわないと思うのですが。

むきになっているのですね

 返す言葉が思い浮かばず、まぁね、と適当ににごすしか出来ない。

一刻も早く確認したい、というお気持ちはわかっています。

けれど、とりあえず頭を冷やされてはいかがですか? 

そんな敦さまの様子を見ては、ティアーが心配しますよ

――わかったよ。ありがとな、サクルド
 彼女の顔はうかがえないが、いいえー、という声の調子は弾んでいて、俺への説得が実を結んだことに安心しているようだ。

 俺はとぼとぼと歩きながら――サクルドは俺が単身、水源を目指すことに反対しているわけではないのだろう――嫌な感じにたぎっていた心を静めるよう努める。しかし全力で魔術壁を展開することは忘れず、そして……ティアー、あるいは海月涙さんとの思い出を。そんな日々の中で自分が彼女をどう想っていたかを振り返っていた。

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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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