87/ 熟睡

文字数 3,262文字

やっほー。久しぶりだねぇ、アーチ
 決死の覚悟のつもりでたどり着いた先には、和やかで懐かしい友達が、どうしようもなく呑気に手など振っていた。脱力感を隠す気にもなれず、俺は勢いのままに膝を地面へ預ける。
何やってんだよ、トール

 トール……透は俺の昔の友達で、病死した後に魔術によってゴーレムとして甦った。以来こうしてエメラードで暮らしているのだが、環境の変化が良い方に影響を与えてくれたのか、彼は明らかに生前よりも快活で気安くなった。




君達が帰ってきたっていうから、

挨拶しようと思ってこっちへ向かってたんだけど。

途中で何だかいやな音がしたものだからさ

 俺が跪いているのに加えて、トールは筒のように細く盛り上がった土の固まりに腰を下ろしている。ここは水源へ続く獣道からやや外れた、特に木の密集した場所だ。不自然極まりない状況であることは否めない。
あ~あ、かわいそうに。消えちゃったよ

 俺をここまで連れてきた、セレナートの鳥は、トールの目の高さで周回しつつ尾羽から少しずつ消えていった。消えかかりの頭をそっと撫でるようにして、トールは心底から惜しむような顔をした。




トール、何が起こったか知ってるか
心配しなくても、彼は僕が保護したからね
 微妙にわかりにくい説明をしてしまうのは、トールの悪い癖である。言いながら、盛り上がった土の上から飛び降りる。
ほら

 筒のような土、というのはまさしくその通りだったらしい。トールのかけ声に合わせて――いや、トールがゴーレムの能力で土を動かしているのだから、この表現は正しくないか――細長く積まれた土が縦に割れて、中が空洞であったことを示す。




 土に膝を着いた姿勢は、状況に都合良く一致していた。立ったままでは一目で視界には入らなかっただろう……土に背中を預け、膝を抱え丸くなって、見知った顔が眠っている。

マージャを助けてくれたのか
だって、アーチの友達なんでしょ?

 そういう音がしたからね、と、得意げに付け足す。ゴーレムになってからというもの透はこればっかりだ。いわく、俺と関わりのある人間からは、俺の音の名残が聞こえるのだという。人の感情の動きさえ音として聞こえるというその力は、あまり愉快なものではないはずなのだが、透の態度に少しの嫌みもないから誰も気にしないのだった。




 土にくるまれるように眠りこけているマージャの顔はこの上なく健やかだ。

起きろよマージャ、帰るぞ
あっ、そっとしておいた方がいいかも……
 マージャを揺すり起こそうと伸ばした俺の手を、その進行先に自らの手を差し入れることでトールが制する。
なんで?
だって、彼、ほとんど眠ってないみたいだから

 憐れんだようなトールの顔に、冗談ではないことを悟る。




 その指摘を受けて、振り返ってみる。あいつの寝ている場面を俺が目にしたのは、エメラードまでの航海と、昨日のツリーハウスでの就寝のみ。あいつはこれといって不審なこともなく、静かに横になっていた。しかし、寝る時も外せないゴーグルのおかげで、本当に瞼を下ろしているかなど傍目にはわからない。何より、床につく相手が「本当に眠っているか」など疑ったことがないから、マージャが眠る時どんな様子だったかなんて注目していなかった。

この土の作用で――

というより、僕の能力かな? 

今は深く深く眠ってる。

でも、彼の音を聞いた感じ、

もう長い間ぐっすり寝たことないんじゃないかな

 ひとつだけ、思い出した。あいつ、船室の布団で休んでいる時、うなされて跳ね起きたんだっけ。あの時の切羽詰まった様子を思い出すと、余計なことまで頭に浮かんでくる。昨日の、妙に気弱だった態度。満月の翌日、制御出来ない魔力に苦しめられている姿。ある日の教室、使命を果たすためと俺に近付い たくせに、俺の将来を本気で心配していた……。


 思い出すほどにわけのわからない奴だなと、いっそ苛立ちさえ湧いてくるがそれはさておき。これまで、あいつは俺に隠し事をして、時機を見計らってそれを明かしてきた。その秘密はまだ、全てが開かれてはいないんだろう。



とにかく、このまま放ってはおけないだろ。

何にしろツリーハウスまで連れ帰らないと

う~ん、それもちょっと……
 むむむ、と呻きながら何事か考え入るトール。正直、彼はこういう表情になってから結論を出すまでが鈍い。たっぷりと待たされた末に、

それじゃあ、とりあえず僕らの家においでよ。

わけは後で話すから

ああ……
 とはいえ、トール達の暮らす石平原は俺の足には遠すぎる。提案を受け入れながらも内心は快くない。
おう。ご苦労だったな、トール
やあライト。キリーはどうだった?
あんにゃろ、父を出し抜くとはいい根性していやがる

 俺が頭を抱えていると、その上から降ってくる苦い声。横から聞こえてくる脳天気なトールの声とは対照的で、聞き慣れた声のはずなのにそこに込められた険悪な感情があまりに彼らしくなくて別人のように思えた。




おまえさんも出てきたんか、アーチ。

せっかく来たとこ残念だろうが今日はお開きだ

ううん。アーチと彼と、

今日はうちにお招きすることにしたから

 言いながら、マージャを守っていた土が動き、形を変える。細く、腕のような形をとってマージャを担ぎ上げる。それをトールの背中に運び、おんぶ紐のようにふたりの体にからみつく。

そうかい。そんならいっちょ、

前みたく、この巨人がアーチの足になろう!

 胸を張って、大きな拳で剥き出しの上半身を強く打ち鳴らす。いつもの彼らしい、懐の広い、頼りになる巨人の姿。


 ……だけど、それがこの場においては、取り繕った態度であることはどうしても隠せなかった。




 トールと、彼をゴーレムとして作り変え甦らせたアッキーと、その妻であるローナ。また、トールより先にゴーレム化が試され、失敗して身も心も再起不能になった少女。彼ら四人の暮らす、広大に石が積み重なり広がった平原の、その真ん中にある石の小屋。


 小屋の部分は、地下へと続く居住空間への入口に過ぎない。そこへ繋がる穴の傍らに、全身を包帯で包んだ人の体が転がっている。鼻を塞ぎたくなるような臭いを放つその人に、トールは
ミクちゃん、ただいま
 と、呼びかける。返事もなく、微動だにしない。

 


 前に訪れた時にしたように、つたを下ってそこへ降りる。


 つたが並び、まるで手をつなぎ中のものを囲むようになったその場所へ、トールが先導してつたをかき分け進入する。




 ローナは、相変わらず歌っていた。歌詞にならないメロディ、人類最初の少女・ティネスとの早すぎる別れを唄ったレクイエムを。脳に寄生する魔物に巣くわれ、思考する力を失った彼女は、音楽を奏でるためだけに生まれた機械と何ら変わらずに延々と歌い続ける。

アッキー、ローナ、ただいまぁ
おかえり

 ふやけた笑い顔で帰宅の挨拶を述べるトール。応えるアッキーは、突然の来客である俺達にはさしたる興味を向けず、その一言だけで黙々と朝食の草を噛んでいる。




邪魔するぜぃ、アッキー
さすがにライトに入られると、ここも狭いな
アッキー、久しぶり
ああ。色々あったろうが元気そうで何よりだよ

 俺やライトと言葉を交わしながら、アッキーの目は自然とトールの方へと向けられる。




新顔だな

ごめん、アッキー。

今は無理に起こさないで、

寝かせてあげたいんだ。

場所を借りてもいいかな

構わないが

いやさ、トール。アッキーに、

何が起こったか説明するのが先だろ? 

ここに危害があったら大変じゃないか

 ローナは言うまでもなく、アッキーも戦力としてはあまり期待出来ない。俺達を匿うことで、この場所を巻き添えにするのはやぶさかではない。
大丈夫だよ。何か起こっても、僕がみんなを守るから
 その自信はどこからやって来るのかいまいちわからないが、トールは胸を張ってみせる。

それに、いくら巨人が相手だからって、

ゴーレムの僕と、ソースの君と、

石の眼を持つ彼の三人がかりだったら

まともに戦えるかもしれないし

 頼りになるんだかならないんだか、半端な言い様ではあるが。
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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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